近年、まるでタワマンのような老人ホームが各地に誕生し、人気を集めています。眺望もよく、終の棲家として申し分のない素晴らしいところですが、高額な入居費用にもかかわらず、なかには退去してしまうケースもあるようで……。本記事では、Aさんの事例とともに終の棲家の注意点について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。
娘夫婦に勧められ、シニア向け分譲マンションに入居
資産家の夫を亡くして3年間、一人で広いお屋敷に住んでいたAさん(73歳)。資産総額は8億円ほどですが、お金に無頓着なため、自身ではあまり把握していないようです。
そんなAさんのもとへ、ある日突然40代の娘夫婦が訪ねてきました。『老人ホーム』へ入居したほうがいいというのです。閑静な住宅街にある住み慣れた家から出ることを躊躇したAさんですが、娘さんの「お母さんを一人で置いておくのは心配なのよ」と説得され、渋々転居を承諾します。
「夫と苦労して手に入れた思い出いっぱいのこの家にもう住めなくなるなんて……。お友達もわざわざ遊びに来てくれるかどうか……。娘だって孫を連れて遊びに来てくれるかどうかもわからないのに」
不安な気持ちを抱えながらも、娘のいう『老人ホーム』へ入居を決めます。しかし、実際Aさんが入居したのは『シニア向け分譲マンション』というものでした。
シニア向け分譲マンションとは?
シニア向け分譲マンションとは、バリアフリー化の住環境が整い、食事の提供や安否確認など高齢者の暮らしやすさが考えられており、住居スペース以外にも図書館、大浴場、プール、カラオケルーム、フィットネスジムといった設備も備えた高級マンションです。
ほかの高齢者施設と大きく違うのは、分譲マンションであることから、物件を購入する「所有権方式」であることです。そのため、マンションの購入資金のほかにも、
・管理費
・修繕積立費
・固定資産税
・都市計画税
・見守りなどのサービス料や食事費用
など、月々のランニングコストもかなりの金額がかかることになります。加えて、大浴場やプールなど設備が充実すればするほど、管理費や修繕積立金、人件費などがかかるので、通常の分譲マンションよりも高い費用が必要となってしまうのです。
娘夫婦の真の狙い
それでも母親を転居させた娘夫婦の本当の狙いは「二次相続対策」です。二次相続とは、一度目の相続(一次相続)で配偶者と子どもが相続し、その後に配偶者が亡くなることで子どもが相続する二度目の相続のことです。
一次相続では、控除額の大きい配偶者控除が利用できるのですが、二次相続には当然利用できませんから、かなりの納税額になってしまうわけです。
相続対策として、現金を不動産に替える、という方法があります。不動産の相続税評価額は不動産の時価よりも低く評価されるため、その分相続税が少なく計算されるからです。
たとえば、相続財産が1億円の場合、すべて現金であれば相続財産の評価額は1億円ですが、不動産に替えることで相続税評価額が6,000万円と評価されれば、4,000万円分の相続財産を圧縮することができるのです。
「毎月のランニングコストなんて、このお屋敷を賃貸に出せばどうってことないのよ。二次相続になってもそのときに相続した分譲マンションも賃貸に出せば、毎月すごいお金が入ってくるわよ~」
もはやタワマン…高級な「終の棲家」の現実
Aさんが入居したマンションは、シニア向けの高層マンションでした。いままで一戸建てにしか住んだことのないAさんは、高階層での暮らしは「フワフワした感じ」で合わなかった、といいます。
娘さんは「こんな海が見える眺めのいい暮らし、文句をいうなんて贅沢よ」と言うので黙っていましたが、そんな娘夫婦も友達も最初だけでなかなか遊びに来てはくれなくなりました。
外に出ればお店なども多く賑やかなのですが、高齢で人手が苦手なAさんはその都度エレベーターで降りるのも面倒で、ほとんど部屋から出なくなってしまいました。
それでもレストランなどで顔を合わせるようになった友達が何人かできたAさんですが、ある日、よく見かけた80代の女性がぱったりと姿を見せなくなるのに気が付きます。ほかの友達に聞いてみると「あの人は体の具合が悪くなって、追い出されちゃったのよ」といいます。そこで初めてAさんは「ここは終の棲家ではない」ということを知ったのでした。
シニア向け分譲マンションは、住民が認知症など介護が必要になった場合、訪問介護サービスやデイサービスについては、外部の業者と新たに契約を行ってサービスを利用することになります。状態が悪化して恒常的な介護や医療が必要と判断された場合は、有料老人ホームなど別の施設への引っ越しを余儀なくされるケースもあるのです。
もちろん、シニア向け分譲マンションによって、どこまで対応してくれるかは違ってきますので、契約前に必ず確認しておかないといけません。Aさんが確認したところ、Aさんが入居したマンションは「要介護3」になったら退去することになっていました。
Aさんは高級な老人ホームだとしか認識していなかったので、まさか、また引っ越しすることになるかもしれない、と考えると大きなショックを受けてしまい、毎晩「お父さん、お父さん……」と亡くなった夫を偲んで泣いてばかりいるようになります。
いままで夫と娘のいいなりで生きてきた人生でしたが、半月ほど泣きはらしたあとに一大決心をします。
「身体の動くうちに生まれた故郷へ帰ろう!」
娘には内緒で実家に住む実弟に連絡し、事情を説明して、近所の小さな中古の一戸建てを借りてもらうことにしました。その後Aさんは、実家にしばらく外泊する、とスタッフに言い残して2度と戻ることはありませんでした。
Aさんが帰ってこない、と連絡を受けた娘さんはビックリします。慌てて母親の所に飛んでいき、強く戻るように諭しますが、いままでの母親とは違ったように頑として言うことを聞きません。
「私は眺めのいい景色より、仲のいい人たちのそばで暮らしたいのよ!」と言われ、根負けした娘さんは「仕方ない。賃貸に出そう」と決心します。
住む人が制限されるシニア向け分譲マンション
Aさんが住んでいた部屋がその後ちゃんと賃貸に出せたかどうかは定かではありませんが、シニア向け分譲マンションは住む人が制限されますので、賃貸でも売却でも難しい面があります。
お金のかかる物件ですから、それなりの資産家を探さないといけませんし、入居の際に健康状態は問われますし「60歳以上」といった年齢制限がある場合もあります。
相続対策として現金を不動産に替える人も多いのですが、いざ、相続となったときに納める相続税分の現金がなくなって困った、という話も聞いたことがあります。相続はもちろん、将来の売却や賃貸のことまで考えて、シニア向け分譲マンションの購入は決定するようにしたほうがいいでしょう。
それよりもなにより、高齢者にとって住まいが変わることはかなりのストレスです。入居者にとって住み心地の良い住まいとはなにか、を第一に考える必要があります。
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表