スイスでの「幇助による自死」を選んだ末期がんの英女性、法改正を訴える

末期がんによる苦痛から自ら命を絶つしかないと考え、スイスの団体「ディグニタス」で幇助(ほうじょ)を受けて死ぬことを選んだイギリスの女性が、そうした選択を禁止する同国での法改正を求める動画を残し、注目されている。

大腸がんをわずらっていたパオラ・マーラさん(53)は、20日にディグニタスの施設で死亡した。ディグニタスでは、死に至る病や、耐えられない痛みや障害を抱えた人々が、自らの意思で人生を終わらせることができる。

「Assisted dying(幇助自死)」は現在も定義に議論があるが、一般的には患者が医療従事者から処方された薬を服用し、自ら命を絶つことを指す。医療従事者が患者に薬を投与する安楽死とは区別される。

ロンドンに住んでいたマーラさんは、死後に公表された動画で、イギリスでの法改正を訴えた。

同国では現在、医療の助けを借りて死を選ぶことが法律で禁止されている。

だがこのところ、幇助自死をめぐる議論が高まっている。昨年12月には、著名ジャーナリストのデイム・エスター・ランツェンが、ステージ4のがんとディグニタスへの登録を公表した。

一方で反対派は、弱い立場の人々が幇助による死を強要されるのではないかと懸念している。

「死ではなく尊厳の問題」

21日に公開された2本の動画の中でマーラさんは、「イギリスには選択肢がないので、自らの意思で死を選ぶために」スイスに渡っているところだと語った。

「あなたがこれを見るとき、私は死んでいるでしょう。病気の末期症状に自分の生存条件を左右されるのはいやなので、幇助による自死を選びます」

「痛みや苦しみは耐え難いものです。尊厳がゆっくりと侵され、自立が失われ、生きる価値のすべてが奪われます」

「幇助による自死は、あきらめることではありません。実際には、コントロールを取り戻すことです。これは死についてではなく、尊厳の問題なのです」

動画に添えられた公開書簡の中でマーラさんは、各政党の指導者らに対し、自分のように死の間際にある人々の声に耳を傾け、喫緊の課題として、議会で幇助自死について議論するよう求めた。

「(幇助自死が合法なら)私は友人や私を愛する人々ともっと多くの時間を過ごすことができたでしょう」

「でも実際には、家族や友人が警察に尋問されたり、トラブルに巻き込まれたりするのはいやなので、独りでディグニタスに行かなければなりません」

「選択肢がないことに憤りを感じます。不公平で残酷だと思います。現在の残酷な法律は、死期が近づいているものの、ディグニタスに行くための平均1万5000ポンド(約290万円)を支払う余裕のない多くの人々に対し、苦痛に満ちた死に耐えるよう強いたり、自ら命を絶つように駆り立てたりするでしょう」

ディグニタスは、「死や、耐え難い苦痛、耐え難い障害に必然的に」至る病気をわずらい、自らの意思で人生を終わらせたいと願う人々のために、自殺幇助を提供している。

カナダ生まれのマーラさんの動画は、イギリスの著名な写真家ランキンさんが撮影。精神的に責任能力のある成人の末期患者に幇助自死を認めるよう求めている英団体「ディグニティー・イン・ダイイング(死に尊厳を)」が公表した。

最大野党・労働党のサー・キア・スターマー党首は今月初め、ディグニタスへの登録を公表したデイム・エスターとの電話で、労働党が次の総選挙で勝利した場合、幇助自死を合法とするための採決を行えるよう「取り組む」と約束した。

一方、英首相官邸は以前、幇助自死の合法化について再び議論するかは議会次第だと述べていた。

下院の医療・社会保障委員会の調査によると、幇助自死が認められているいくつかの国では、この選択肢がより良い終末期医療(ターミナルケア)につながっていることが示されている。

イギリスの医師会と王立看護大学は、幇助自死について中立的な立場をとっている。だが、現行の法的立場を維持すべきだと主張する団体や組織もある。

幇助自死に反対の立場の団体「ケア・ノット・キリング(殺害ではなく世話を)」のゴードン・マクドナルド博士は、幇助自死の対象となる基準が、やがて末期患者だけでなく、障害のある人や、認知症やうつ病の患者にまで拡大されることを懸念していると語った。

議会上院で幇助自死の合法化に反対しているタニー・グレイ=トンプソン女男爵も、立場の弱い人々が幇助自死に追いやられる懸念を指摘している。

グレイ=トンプソン女男爵は以前、幇助自死は一部の人が想像するような 「ハリウッド的な死」とは限らず、致死性の薬剤が体内に入ることで複雑な問題が生じる恐れがあると述べた。

一方、王立医学会の元会長であるイローラ・フィンレー女男爵は、幇助自死に関する法律が変更された国々では、適切な規制が難しいことが示されていると述べた。

フィンレー女男爵は、デイム・エスターによる発表の際、BBCのラジオ番組で、カナダについて言及。幇助自死を2016年に末期患者に対して合法化し、2021年には重篤で慢性的な身体疾患がある患者にまで拡大した同国の状況について「制御不能」だと述べた。

(この記事の内容に関連することで悩んでいる人、あるいはそういう知り合いがいる人には、日本の厚生労働省が支援の窓口を用意しています)

(英語記事 Assisted dying: Woman who ended life at Dignitas calls for change to 'cruel' law

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