教員から「性被害」...戻らない日常生活 20代女性、今も苦しむ

「教育現場の性被害について考える場が増えてほしい」と話す女性。現在も被害当時の記憶に苦しめられている

 県内の学校で「教員から性的な被害を受けた」という記憶が、20代女性を今も苦しめている。被害から3年近くたつが「ふとした瞬間、当時のことを昨日のことのように思い出す」。忘れたくても忘れられない出来事が頭から離れず、次の一歩を踏み出せないでいる。

 「もう大丈夫だと思っても、少し思い出すだけで何もできなくなってしまう」。女性はつらい胸の内を明かす。あるはずのない教員の影におびえる日々。一日の大半をベッドの上で過ごし、体を起こすのは4時間ほど。月に1回、カウンセリングを受けに病院に通う。「どんなに頑張っても過去からは逃げられず、何をしても無駄なのではないかと思うような毎日です」

 女性は2020年から1年近く、教員から性的な言葉を含んだ教材を音読させられるなどの行為を受けた。信頼していた教員からの行為はショックで、現実を受け入れられなかった。「私が自意識過剰なだけ。私がおかしいし、先生を信用できない私が悪い」。何度も自分を責めた。「迷惑をかけたくない」という思いから、友人にも相談できなかった。

 体を触られるなどした記憶があり、学校側に被害を訴えたが、客観的な証拠がなく、認めてもらえなかった。「被害がなかったことになるのが悔しい」。心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、通っていた学校をやめた。

 その後も被害の記憶が女性を苦しめた。男性不信になり、電車内では男性の隣の席に座れず、つり革を握っても「手を触られるのではないか」と恐怖心に襲われた。教員と偶然会うことを恐れ学校があった地域に足を運ぶこともできない。

 生活環境を変えようとアルバイトをしたが、男性スタッフのふとした行動が教員を思い出してしまい、長く続けられなかった。「友人にはある当たり前の生活が、私にはない。先生は普通に仕事をしているのに、私には未来がない」と悔しさも込み上げる。

 教職員による児童生徒への性暴力などは、各地で後を絶たない。それに対し、女性は強い思いを抱く。「(教育機関は)性被害を軽視しているように感じた。同じ思いをする人が出ないよう、教育現場の性被害を社会で考える場が増えてほしい」

 現場で相談できる環境を

 性被害に詳しい上智大の斎藤梓准教授(心理学)は一般論として、教育現場の教員と教え子という関係では「被害者(教え子)が被害を訴え出ることは非常に困難だ」と指摘。被害者にとって「安全と危険の境界線が損なわれ、社会への信用が揺らいでしまう」と将来への影響を懸念する。

 被害防止策に関しては「子どもに背負わせるべきではない」と強調。学校側は児童生徒に何が性暴力になるかを伝え、相談できる環境を整えることの必要性を挙げた。

 実際に性暴力があった場合は「速やかに警察に連絡して対応を相談し、被害を受けた子どもやその他の児童生徒を守ってほしい」と話した。

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