富士見台『麦ふうせん』。バゲット、総菜パン、コッペパンまであらゆる世代に愛されるベーカリーを作り上げた夫婦の30年

池袋駅から西武池袋線で15分ほどの富士見台駅のまわりは、利便性が高いこともあって古くからの住民と若い世代が混在しているせいか、活気がある。そんな富士見台で、幅広い層から支持されているベーカリーが、『パン工房 麦ふうせん』だ。

どんな人でも好みのパンが見つかる

『麦ふうせん』があるのは、駅から歩いて4分ほどのところ。にぎやかな南口の駅前を抜け、線路沿いに走る富士見台通り沿いの商店街。最近は閉められたままのシャッターが目立つが、『麦ふうせん』には途切れることなく人が訪れる。

店に入ると、その幅広いラインナップに驚かされる。町パン定番のあんぱんやクリームパンなどの甘い系、カレーパンやドッグ類などの総菜系は当然ながら、クロワッサンにバゲットからデニッシュにタルト類まで。ラウンドパンもメープルや大納言など各種そろえ、食パンもイギリスパンや生食パンまでそろっている。

珍しいところでは量り売りのミニクロワッサン、あんやジャムなどを塗ってくれるつけコッペパン、さらに懐かしいシベリア、甘食まである。老若男女、あらゆる人たちに対応したベーカリーなのである。

この『麦ふうせん』を営んでいるのが、大野和彦さんと、みさ江さんの夫婦。実は和彦さんは、この店を始める前は電気工事の仕事をしていた。

兄が家電販売、弟の和彦さんが電気工事と、家族経営でやっていたのだが、和彦さんは40歳のときに、電気工事の仕事をやめることに。当時、みさ江さんがパン教室の講師をしていたこともあり、ベーカリーを始めることにしたのだという。「電気工事と違って、歳をとっても長く続けられそうだった」という、考えもあったとか。

いろいろと苦労は続き

店内には子ども用の椅子が。お母さんがパンを選んでいる間は読書タイム。

しかし、みさ江さんにパン作りの知識があるとはいえ、作ったパンを売ることについては、まったくの素人。そこで、ベーカリーの開業支援をしているコンサルタント会社に協力してもらったのだが、いろいろと苦労は続いた。

量り売りのパン。つい取り過ぎちゃう。

開業にあたって事業計画書を作るのだが、「目標売上は?」「それは1日に何個パンを売れば達成できる?」など、なかなか決まらない。さらに援助を頼んだ父親も、見込みの甘さになかなか首をタテに振ってくれない。準備をする間にも、勉強のため他店のベーカリーで働くなどし、やると決めてからオープンまで1年ほどがたっていた。そして、1995年に『麦ふうせん』はオープン。すぐに行列ができるほどの人気店になったという。

自分たちがおいしいと思えるパンを

パンのラインナップは、オープン時から多種多様だった。富士見台には小さい会社があれば、すぐ近くに住宅地もある。その住宅も古いものから新しいマンションまでさまざま。ここにいる人たちの属性や年齢が、幅広いのだ。『麦ふうせん』の人気は、地域にフィットするラインナップによるところが大きかったのだろう。

シベリア180円とチーズフランス340円(ハーフ)。チーズはたっぷり、シベリアの羊羹は栗入りと芸が細かい。

とはいえ、すべて自家製。これだけの種類を焼くのは大変だ。大野夫妻は、毎朝、3時から仕込みを始めているという。『麦ふうせん』をやるときには、電気工事より体力的に長く続けられると考えていたが、実際は「パン屋のほうが大変だった」と、和彦さんは笑って話してくれた。

これだけの種類を焼くのも大変だろう。たくさんだからといって、手を抜くようなことはいっさいない。カレーパンのフィリングはキーマカレーでぎっしり入り、ドッグパンは基本のソーセージ、やきそばからエビカツ、照り焼きチキン、サーモンとあらゆる種類がそろう。タルトもフルーツ、ブルーベリー、いちご、モンブランまで。どれもえらく細かく、丁寧な作りなのだ。

甘食160円。シンプルなうまさがしみる。

「メニューを削ると、お客様からおいしかったのになんでやめちゃったのって言われちゃうんで、なかなかやめられなくて」と、みさ江さん。それでもほかのベーカリーで新しいものを見かけると、「うちでもうやってみよう」と作ってしまうのだとか。結局は、パンを作るのが好きなのだ。

バゲット260円。しっかりしたクラストが香ばしくてたまらない。

西武池袋線の線路が高架になったことで人の流れが変わるなど、業績もいいときばかりだったわけではない。波がありながらも、それでも30年近く、ベーカリーとして続けられた。2人はこれまで「味を落とさないように、自分たちがおいしいと思えるパンを作る」ことを考えながら、パンを焼いてきたという。

「毎日、けっこう必死でしたよ。気づいたらここまで来たって感じで」と、みさ江さんがしみじみと言う。多くの人に支持されるというのは難しい。どこかに特化することなく、どれもに細かな心配りをしなければならない。苦労は多かっただろうが、それを毎日、続けてきたからこそ、今の『麦ふうせん』があるのだろう。

パン工房 麦ふうせん 住所:東京都練馬区富士見台2-4-15/営業時間:7:00~18:00/定休日:日・月/アクセス:西武鉄道池袋線富士見台駅から徒歩4分

取材・撮影・文=本橋隆司

本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。

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