【特集「乗るなら今だ!心昂る、V8エンジン」③】LEXUSとBMW、艶やかなフォルムに華を添える「憧れの心臓」・・・それぞれの流儀に「プレミアム」の頂を見た

自動車評論家 西川淳氏は、V8エンジン全般を「手の届く憧れのエンジンの代表」と評する。たとえば浮世離れしたV12とは対照的に、クルマ好きのリアルな憧れを獲得してきた存在だ、と。そのうえで、それぞれにブランドの頂点に立つレクサスLC500 コンバーチブルとBMW M8 クーペコンペティションの試乗を通して、現代の最新V8が演じる「フラッグシップらしさ」の根底を解き明かしてくれた。

レクサス、BMWともにフラッグシップにV8を搭載

面白いことに戦後、その精密さと忠実さという点で品質を競い合ってきた日本とドイツの自動車界においては、ことV8に関していうと、それぞれに特有となるような強烈なイメージはほとんどない。とりわけ高性能エンジンの分野でそうだ。

64年式-クラウン・エイト(トヨタ博物館所蔵)。国産乗用車の最高峰として、1964年に誕生した。エンジンはアルミ合金製の軽量コンパクトなV8ユニット(2599cc)。最高出力は115psを発揮していた。
ブロック/ヘッド共にアルミ軽合金製を採用し軽量コンパクトな、トヨタ初のV型8気筒OHVエンジン。115ps、単体重量152kgなのでパワーウエイト値は1.32kg/psと4気筒系のR型の1.95より軽量パワフルだった。

けれども各ブランドの歴史を仔細に眺めてみれば、決してV8エンジンがおろそかにされてきたわけではなかったことがわかる。むしろ一国の自動車産業として抱えるエンジンバリエーションの豊富さがV8の存在感を相対的に薄めてしまっていたにすぎない。

たとえばジェネラルブランドのトヨタはクラウンエイトに日本で初めてV8を積んで以来、連綿と8気筒エンジンを作り続けてきたし、そのラグジュアリーブランドであるレクサスに至ってはブランドの起点をV8搭載の大型サルーンに託したほどだった。

ドイツのBMWもまた、ストレート6のイメージがどうしても強いが、V8にも絶えず力を入れてきたブランドである。何より、いにしえの高級モデル路線は、戦後のドイツで初となるV8搭載車50Xシリーズで始まっていた。

BMW507ロードスターは、1955年にフランクフルトモーターショーで発表され、1959年まで生産された。わずか254台と言う」希少性もさることながら、アルブレヒト・グラーフ・フォン・ゲルツが手掛けた流麗なスタイリングに心奪われる存在だ。写真の個体は、エルヴィス・プレスリーが所有していたモデルで、サンフランシスコ近郊の納屋で発見された。
3.2L V8OHVは150psを発生する。エルビスの車両は当時は文字通り「ボロボロ」の状態だったがミュンヘンで念入りにレストアが施され、新車状態に生まれ変わった。2016年8月21日、カリフォルニア州ペブル・ビーチで開かれたコンクール・デレガンスでお披露目され、話題となった。

その究極というべき名車507ロードスターは、直6を積んだメルセデスベンツ300SLのライバルとして誕生したが、プラス2気筒分の優位を誇ろうとしたものだった。

いずれのブランド、すなわちBMWとトヨタ、においてもクルマ好きの一般的なイメージとして最初に思い浮かぶエンジン記号はというと、おそらくストレート6で共通することだろう。シルキー6の異名でその名を馳せたBMWは当然のこととして、実はトヨタにもツインカムヘッドのストレート6に名機が多かったからだ。

手前がレクサスLC500搭載の2UR-GSE。自然吸気のV8DOHCで、ボア94.0×ストローク89.5mm、排気量は4968ccとなる。圧縮比は12.0。奥がM8搭載のS63B44B型V8DOHCツインターボ。ボア89.0×ストローク88.3mmで排気量は4394cc。圧縮比は10.0となる。

翻って現在、やや様相が異なり始めているとはいうものの、BMWとレクサスにおいてはV8がブランドのフラッグシップエンジンとして機能している点は面白い共通項だといえなくもない。

BMWではとくにMの上級モデルにおいて特別なV8ツインターボエンジンを積んでいるし、そのビジネスモデルをなぞったレクサスのFでは磨き抜いたV8自然吸気エンジンを積んでいる。

本稿の主役は、そんな両ブランドにおいて今なお代表的な存在というべき高性能なV8搭載モデル、M8とLC500という2台のラグジュアリー2ドアモデルである。

強力無比なS63エンジンと素直なハンドリングのM8

M8のベースとなった現行型8シリーズのデビューは18年のこと。その時の様子を今もよく憶えている。なぜかというと初披露の舞台が特別な場所だったからだ。ル・マンである。

M8は12.3インチのインフォメーションディスプレイを搭載。ドライバー側に向いた操作系がスポーティだ。

8シリーズの登場は「一体どんな姿になっているの?」的なドキドキのアンベールではなかった。実は発表の時点で我々はすでにクルマのカタチを知っていたのだ。コンセプトカーとしてのグランクーペも先に登場したし、ロードカーのデビュー前から8シリーズはM8 GTとしてレースを戦っていた。

ル・マン24時間レースも当然のことながらその舞台のひとつで、その強力なメディア発信力に期待して、ロードカー仕様をその栄光の舞台において「追って」発表したというわけだった。

裏を返せば6シリーズの後継として誕生した8シリーズは、それまでのグランツアラー然としたキャラクターから大いに方向転換し、スポーツGTとして6から8へ名前を変えて登場したといっていい。何しろ最初にレーシングカーでデビューしているのだから。

そんなわけでM8には競技用ツーリングカーのロードバージョンといった力強い性格が色濃く立ち現れている。4.4LツインターボのS63エンジンは強力無比で、莫大なトルクをフラットに吐き出しつつ、高回転域までしっかりと力を伴った回り方をみせる。

M8のS63型4.4L V8 DOHCツインターボは625ps/750Nmを発生する。トランスミッションは8速AT。

以前のMエンジン、とくに自然吸気時代に比べるとドラマティックさに欠けるきらいもあるが、サウンドの調律はいかにも大排気量エンジン好き(アメリカ人とか)にウケそうな仕立てで、とくにスポーツモード時のボリュームと音質は、今となってはむやみに響かせることが躊躇われるほどの迫力だ。

ドライブフィールの方はというと、動き始めた瞬間から〝手強い手応え〟を覚える。4WDということもあって、大きくて太い前輪の存在感はあまりに強く、柔な腕ひとつではこの車体を振り回すことなど永遠にできそうにない。

けれどもいざ速度域が高くなってくると前輪の自由度は格段に高まっていく。少なくとも置きたい場所に前タイヤを置くことはできる。手強そうに見えて、その実、素直なハンドリングを提供するあたり、さすがはBMW Mのチューニングというものだろう。

完成度の高いスタイルは変えず、中身の熟成には妥協しない

一方のレクサスLCはどうか。

12年にまずはデザインコンセプトとして西海岸のキャルティが北米ショーで世に問うた。ダイナミックで流麗なLF-LCのボディスタイルは瞬く間に世界のクルマ好きから激賞されたが、開発や生産チームの間ではこのカタチを生産に移すことなど不可能だと思われていた。

手前のLC500は、21インチの鍛造アルミホイールに、フロント245/40R21、リア275/35R21タイヤの組み合わせ。M8が装着するタイヤはフロント275/35R20、リア285/35R20サイズのピレリ P ZEROだった。

しかしLFAなきあと、ブランドのフラッグシップへの期待が一層高まっており、トヨタとしてもこのカタチを市販車にできるだけそのまま実現することで、未来へ向けたレクサスの新たな道筋が生まれると確信していた。

その開発を任されたのが後に社長となる佐藤恒治氏だ。LCの市販デビュー直後にじっくり話を聞く機会があったが、当初、GSのシャシを使って試作車を作ってみたところ、LCとは似ても似つかぬ格好悪さで、これではダメだと新規でFRプラットフォームを起こしたと聞いた。

LC500の5L自然吸気V8DOHCは477ps/540Nmを発生する。組み合せるトランスミッションは10速AT。

コンセプトカーとほとんど変わらぬ市販モデルを作る。不可能に思われたことを可能にしたこの瞬間こそ、トヨタおよびレクサスのデザインが変わり始めた瞬間でもあった。今日のプリウスやクラウンの成功を導いたのはLCの登場にあったと言っても過言ではないだろう。

デビューから早8年が経ったというのに、いまなおLCのスタイリングが新鮮さを失っていないように見える理由は、もちろんさほど販売量の伸びないクーペであるということにも因るけれど、それにもましてこだわり抜いて実現されたデザインの完成度の高さがあるのだと思う。デビュー以来、ほとんどデザインに手を加えられていないこともまたその裏返しだと言っていい。

先だって何度目かの改良を受けた。LCはデビュー以来、足まわりを中心によく手が入ってきたモデルだ。それだけ当初の走りには不満もあったということ。最新モデルにおいてはついにランフラットタイヤを諦め、見合ったチューニングを施したことで以前とはまるで違う素直なハンドリングと直進安定性をみせるようになった。

自然吸気ならではの魅了。乗りやすさでライバルを凌ぐ

この取材の前にV6ハイブリッドを積んだクーペを1000km以上試してみたが、ロングドライブも随分とラクになって、いっそう乗りやすく熟成されていると思った。

操作の所作まで美しく設計されたLC500のインテリア。レイアウトはもちろん、操作感、手触りまでこだわる。コンバーチブル専用のセミアニリン本革シートを採用。シートヒーターだけなくベンチレーション付き。

5L自然吸気V8の2URエンジンを積んだコンバーチブルに乗ってみても、印象は変わらない。フロントまわりの一体感が明らかに増しており、ハンドルから向こうのサイズ感がひとまわりもふたまわりも小さくなったかのようだ。

M8から乗り換えるとハンドルから受ける印象の違いには劇的なものがある。腕力を大いに要求する
M8に比べて、LCのそれは何から何まで軽快だ。とても同じサイズ感のラグジュアリー2ドアモデルとは思えない。

高速クルージングのスイートスポットが完全にアウトバーン速度域にあるM8よりもLCは圧倒的に乗りやすいのだ。スポーツカーを出自に持つ8シリーズとはやはりまるで違うキャラクターの持ち主であった。逆にいうと、速度域の高いドライブを好むという人にはM8が似合うとも言えるのだが・・・。

写真右のLC500のエキゾーストは排気バルブの開閉によって流路を切り替えて排気音色と音圧を調整。左のM8はカーボンデフューザーにMスポーツエキゾーストシステムを備えた4本出しテールパイプが印象的だ。

絶対的なパフォーマンスにおいてM8がLC500を圧倒していることは間違いない。ただしLC500が大いに優っている点が少なくともひとつある。それが自然吸気のV8エンジンの官能性だ。

今、世界を見渡してもV8の大排気量自然吸気エンジンなどレクサスとシボレー(GM)くらいしか見当たらない。しかも高回転域までリニアに気持ちよく回るエンジンはレクサス用くらいのものだ。

スポーツやスポーツ+モードでのサウンドがラウドで気持ち良いことは当然として、ノーマルでもその柔らかな音色と細かな刷毛で背中を撫でられるような心地よさにゾクゾクした。足の裏から腹を抜けて脳みそに届くエンジンフィールは、なるほど電気モーターとバッテリーをなかったことにしたいと思わせるに十分であろう。

新車で買うことのできる今もっとも官能的なエンジン。もうそれだけでLC500の購入を検討する理由になる。それが果たしてレクサスらしいかどうかは別にして。

試乗モデル 主要諸元

BMW M8 クーペ コンペティション 主要諸元

●Engine
型式:S63B44B
種類:V8DOHCツインターボ
総排気量:4394cc
高出力:460kW(625ps)/6000rpm
最大トルク:750Nm(76.5kgm)/1800-5860rpm
燃料・タンク容量:プレミアム・68L
WLTCモード燃費:8.7-8.9km/L(WLTPモード)
CO2排出量:260-257 g/km(WLTPモード)
●Dimension&Weight
全長×全幅×全高:4870×1905×1360mm
ホイールベース:2825mm
トレッド 前/後 :1625/1630mm
車両重量:1910kg
最小回転半径:5.7m
●Chassis
駆動方式:4WD
トランスミッション:8速AT
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン/後マルチリンク
ブレーキ 前/後:Vディスク/Vディスク
タイヤサイズ:前275/35R20 後285/35R20
●Price
車両価格:25,260,000円

レクサス LC500 コンバーチブル 主要諸元

●Engine
型式:2UR-GSE
種類:V8DOHC
総排気量:4968cc
高出力:351kW(477ps)/7100rpm
最大トルク:540Nm(55.1kgm)/4800rpm
燃料・タンク容量:プレミアム・82L
WLTCモード燃費:8.0km/L(WLTPモード)
CO2排出量:294 g/km(WLTPモード)
●Dimension&Weight
全長×全幅×全高:4770×1920×1350mm
ホイールベース:2870mm
トレッド 前/後 :1630/1635mm
車両重量:2050kg
最小回転半径:5.4m
●Chassis
駆動方式:FR
トランスミッション:10速AT
サスペンション形式:前マルチリンク/後マルチリンク
ブレーキ 前/後:Vディスク/Vディスク
タイヤサイズ:前245/40R21 後275/35R21
●Price
車両価格:15,500,000円

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