『リビングの松永さん』は“温かい気持ち”になれるドラマに 成功に導いた中島健人の熱演

仕事や学校で疲れた火曜の夜でも、リビングで「ミーコ!」と声を上げる松永(中島健人)の姿を見るたび、“いつもの日常”に不思議と安心できる。12週間にわたって私たちの心を癒し、「ただいま」と扉を叩きたくなるようなシェアハウスを映し出してきたドラマ『リビングの松永さん』(カンテレ・フジテレビ系)がついに完結を迎えた。

松永は突然シェアハウスを去り、「ミーコとはもう会えない」と衝撃的な言葉を残す。その理由が「自分がミーコの足を引っ張れない」という松永らしい思いやりであったことは、彼の人間性が際立つ行動ではあったものの、美己(髙橋ひかる)を思う凌(藤原大祐)からするとその独りよがりは許せない。松永と凌、それぞれの美己を思う“優しさ”が対峙する構図は、最後まで『リビングの松永さん』らしい展開だった。

また最終回ということで、健太郎(向井康二)と朝子(黒川智花)の関係が良い方向に進展していったことにひと安心した視聴者も多いはず。、2人の両思いを確信させた「本当はドキドキしてたの。あのとき」という朝子の告白を視聴者も待ち望んでいたに違いない。

もちろん、そんな“大人組”の告白に負けないくらいに松永が美己への想いを吐露するシーンも、ドラマの見せ場の一つであった。「つまり……俺は美己がいなきゃ無理なんだ」「だから美己、俺と結婚してくれ」という松永の真剣な言葉は、彼の人生における美己の存在の大きさを物語っている。いきなりのプロポーズはなんとも松永っぽい判断ではあるが、以前の彼であったら「保護者」の役割を優先していた可能性も十分にある。松永が素直に自分の気持ちを大切にできるようになったのは、他ならぬ美己が、松永を変えたからなのだろう。

最終的に美己は高校を無事卒業し、松永は「旅に出る理由は、その笑顔」というコピーが掲げられた広告を美己に見せる。「キスはまだ早すぎる」というやりとりを経て、2人が手を繋ぐラストシーンは、温かな余韻を残すとともに、2人の新たなスタートを応援したくなるような、2人の関係に訪れた春を感じさせるラストとなった。

こうした漫画原作のドラマ化作品は数多く存在するが、時として原作の持つ魅力を十分に引き出せず、消化不良に陥ってしまうケースも少なくない。原作ファンの期待に応えつつ、ドラマならではの表現を取り入れることは、制作サイドにとって大きな挑戦であると言える。さらには、ドラマ化における原作者との関係について、業界全体の問題として話題になったことも記憶に新しい。

しかし、『リビングの松永さん』は、そうした課題を見事にクリアした作品だと言えるだろう。放送終了後、原作者の岩下慶子は自身のX(旧Twitter)で「リビングの松永さんという作品に一度私は救われていて、背中を押されて今があります。そして今も、ドラマ化の松永さん達に背中を押されたような温かい気持ちになりました。素敵なドラマをありがとうございました。幸せです」とコメントを寄せた。

最終回の展開も原作とは異なるドラマオリジナルの着地にチューニングされているが、原作者自身が“温かい気持ち”になれるようなドラマだったことは、この作品の成功を物語っていると言えるのではないか。

もちろん、優れた脚本や演出など、さまざまな要素が重なって成功に繋がったことは言うまでもない。しかし、その中でも特筆すべきは、松永を演じた中島健人の熱演である。「高校生と恋に落ちるカタブツ男子」という複雑な役柄を演じるに当たって、中島健人は『ラーゲリより愛を込めて』や『おまえの罪を自白しろ』で培った演技力を存分に発揮した。

30分という短い時間の中で『リビングの松永さん』は、ほぼ美己の心情を追い続けているドラマであると言っても過言ではない。だからこそ、美己の心の中の変化はダイレクトなモノローグで伝わるのだが、それを受けた松永の心情は中島健人のフィジカルの演技からしか受け取れないのである。しかも松永は不器用な男。それでもわかりすぎるくらいに、松永の心情は視聴者に毎話伝わってきたはずだ。

思い悩んだような眉を寄せる表情、大切なことほど少しだけためらうかのような口ぶり、安心した時の力が抜けた笑顔……。これらは全て、視聴者が感じ取っていた"松永らしさ"を体現するものだった。3月31日をもってSexy Zoneを卒業する中島健人の俳優としての歩みからも目が離せない。

あとにも先にも、こうした“原作もの”のドラマは多数存在する。ファンにとってはキャストの新しい一面が見られるような、原作者や原作ファンにとってはその世界観をリアルに再現するような作品が、今後も生み出されていくことを期待したい。

『リビングの松永さん』は、そうした成功例の一つとして、重要な位置を占めることになるだろう。この作品の成功、そして美己と松永の新しい門出を、あのリビングで共に祝いたいものだ。

(文=すなくじら)

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