特集『オッペンハイマー』の全貌/『オッペンハイマー』への理解をより深めるためにおさえておきたい3つのこと

クリストファー・ノーラン監督の作品らしく、時代が行き来し、登場人物も多く、濃密な三時間の物語が展開する『オッペンハイマー』。映画への理解をより深めるため、人物の背景や制作秘話を紹介。またオッペンハイマーの人生を時系列で追っていきます。

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クリストファー・ノーラン最新作いよいよ日本公開

第二次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」に参加し、世界で初となる原子爆弾の開発に成功したJ・ロバート・オッペンハイマー。世界の在り方を変え、激動の時代の波に飲み込まれていったその天才科学者の知られざる生涯とは?

2006年ピュリッツァー賞を受賞したノンフィクション「オッペンハイマー」を基に、世界の運命を握ると同時に、世界を破滅する危機に直面するという矛盾を抱えた一人の男の栄光と没落の人生を描く実話ドラマ。

第81回ゴールデングローブ賞では最多5部門を受賞し、第96回アカデミー賞で最多13部門でノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、編集賞、作曲賞の7部門で受賞を果たした。

監督を務めたのは、『ダークナイト』3部作や『TENET テネット』(2020)など数々のヒット作で知られる現代の名匠クリストファー・ノーラン。

昨年7月21日より全米公開された本作は、現在世界興行収入10億ドルに迫る世界的大ヒットを記録し、実在の人物を描いた伝記映画作品として歴代ナンバーワンを獲得。ノーラン監督作品としては『ダークナイト ライジング』(2012)『ダークナイト』(2008)に次ぐ記録であり、R指定作品として異例のヒットとなっている(日本ではR15+指定作品)。

オッペンハイマー役を演じるのは『インセプション』(2010)などノーラン作品の常連キリアン・マーフィー。また、彼の妻キティ役のエミリー・ブラント、原子力委員会委員長のルイス・ストローズ役のロバート・ダウニーJr.のほか、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネットらがノーラン作品に初参加。

そして『インターステラー』のマット・デイモンや、『ダンケルク』(2017)のケネス・ブラナー、さらにラミ・マレック、ケイシー・アフレックなどのアカデミー賞受賞俳優陣が脇を固めている。

あらすじ

1926年、イギリスのケンブリッジ大学で実験物理学を専攻していたJ・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)は、ドイツへ渡って理論物理学を学び、そこで才能を開花させていく。

博士号を取得してアメリカへ帰国した彼は、カリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執るように。そして1942年、原子爆弾開発に関する極秘プロジェクト「マンハッタン計画」への参加を打診される。

この前年、アメリカは第二次世界大戦に参戦。ナチスドイツによる原子爆弾の開発はもはや時間の問題だと見られていた。オッペンハイマーは優秀な科学者たちを全米から招聘し、ニューメキシコ州にロスアラモス研究所を建設して、彼らを家族ごと移住させる。それは国家の存亡をかけた核開発競争の始まりだった。

この国家的な計画は1945年7月に行われた初の核実験「トリニティ実験」で成功を収めるが、原爆が広島、長崎へ投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。

時代は冷戦に突入。オッペンハイマーは核開発競争の加速を懸念し、水爆開発に反対の姿勢をとったことで次第に追い詰められ、赤狩りの嵐の中、時代の波に飲み込まれていく。

ポイント1:登場人物

J・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)

主人公

アメリカの天才的な理論物理学者。第二次世界大戦中に、ロスアラモス国立研究所の所長を務め、原子爆弾の開発・製造を目的としたマンハッタン計画を遂行。のちに原爆の父と呼ばれる存在に。原爆投下による惨状を知り、深く苦悩するようになる。

キャサリン・オッペンハイマー(エミリー・ブラント)

ロバートの妻

“キティ”の愛称で呼ばれたロバートの妻。生物学者で植物学者。ロバートは彼女の4番目の夫。子育てからくる不満や孤独でアルコール中毒になるが、生涯夫の味方として彼を支える。

レズリー・グローヴス(マット・デイモン)

ロバートと協力

アメリカ陸軍の将校。マンハッタン計画の責任者として極秘プロジェエクトを指揮する立場にあった。オッペンハイマーを抜擢し、学者以外ではいちばん身近な彼の理解者となる。

ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニーJr.)

ロバートと対立

アメリカ原子力委員会の委員長。ロバートをプリンストン高等研究所の所長に抜擢。頑固で野心に満ちた人物で、やがて水爆実験をめぐってロバートと対立を深める。

ジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)

ロバートと恋仲に

アメリカの精神科医。ロバートがカリフォルニア大学バークレー校で物理学の教授をしていた1936年に出会い恋仲になる。彼女が共産党員であったことも、彼の運命を狂わせてゆく。

アーネスト・ローレンス(ジョシュ・ハートネット)

アメリカの核物理学者。カリフォルニア大学バークレー校の助教授でロバートの同僚であり友人。

ボリス・パッシュ(ケイシー・アフレック)

アメリカ陸軍の防諜部部長。ナチスドイツの核開発計画の調査を進め、ロバートと面識がある。

デヴィッド・L・ヒル(ラミ・マレック)

マンハッタン計画に参加するが、のちに日本への原爆使用に反対する請願書に署名する。

ニールス・ボーア(ケネス・ブラナー)

画像右:ニールス・ボーア(ケネス・ブラナー)

デンマークの理論物理学者で、1922年にノーベル物理学賞を受賞。ロバートにとって心の師。

フランク・オッペンハイマー(ディラン・アーノルド)

画像左:フランク・オッペンハイマー(ディラン・アーノルド)

ロバートの弟で、素粒子物理学者。兄の助言を無視して共産党に入党した過去がある。

イジドール・ラビ(デヴィッド・クラムホルツ)

物理学者で、ロバートの最も身近な友人の一人。“トリニティ”と呼ばれる核実験へ参加。

ヴァネヴァー・ブッシュ(マシュー・モディーン)

画像右:ヴァネヴァー・ブッシュ(マシュー・モディーン)

アメリカで軍事目的の科学研究を担った科学研究開発局長。マンハッタン計画を進言。

エドワード・テラー(ベニー・サフディ)

画像左:エドワード・テラー(ベニー・サフディ)

マンハッタン計画に加わった初期メンバーの一人。水爆の開発を推進してロバートと対立。

ウィリアム・ボーデン(デヴィッド・ダストマルチャン)

アメリカ原子力委員会の元事務局長。ロバートに疑惑を持ち、彼の運命を変える行動に出る。

アルベルト・アインシュタイン(トム・コンティ)

相対性理論で知られる天才物理学者。ロバートにとって元同僚で、助言を求めに行く相手。

ケネス・ニコルズ(デイン・デハーン)

グローヴスのもとでマンハッタン計画に参加した米陸軍技官。ロバートの公聴会に関与。

ロジャー・ロブ(ジェイソン・クラーク)

公聴会で米原子力委員会の特別弁護人を務める。冷酷な尋問でロバートを追い詰める。

ポイント2:制作秘話

ノーラン監督はなぜ『オッペンハイマー』を撮ったのか

前作『TENET』の撮影が本作の構想の出発点となった

前作『TENET テネット』の台詞の中にすでにオッペンハイマーという言葉を登場させていたノーラン監督。本作制作のきっかけの一つは、その撮影終了時に出演者のロバート・パティンソンからオッペンハイマーのスピーチ集の本を送られたことだった。さらに「アメリカン・プロメテウス」(本作の原作伝記の原題)を読むよう勧められたノーランは、この人物を映画にすることに魅せられたという。

「私がしたかったのは、歴史の大転換期の絶対的中心にいた人物の、魂と経験の中に観客を導くことだ。好むと好まざるとにかかわらず、オッペンハイマーは未だかつてない最重要人物だ。彼は良くも悪くも私たちが生きる今のこの世界を作り出した。彼の物語を信じるには、それを目にするしかない」。

ノーラン作品常連のキリアンがついに初主演

ノーラン作品初主演となったキリアン・マーフィー

キリアン・マーフィーはこれまでクリストファー・ノーラン監督作品に5回出演しているが主演を務めるのは今回が初めて。当初から彼の才能にほれ込んでいたというノーラン監督は「キリアンと一緒に出来ることはないかずっと探していたんだ。だから電話を取って彼に『君が主役になる時が来たんだ』と言えたときは嬉しかった」と当時を振り返る。

「ノーランの頼みならそれがどんな小さな役でも駆けつける」と監督に心酔しているキリアンも、「監督が僕に電話をくれて、オッペンハイマーを演じてくれと頼んでくるなんて予想もしませんでした。電話を切ったときは、喜びというよりむしろ茫然として座っているだけでした。自分は幸運だと感じました」と回顧している。

ロスアラモスに現存するオッペンハイマー邸も登場

マンハッタン計画の拠点となるロスアラモスを再現

本作の撮影における最大のポイントとなったのはマンハッタン計画の拠点となるロスアラモスでのロケ。当初は実際のロスアラモスで撮影することも検討されたが、現在ではスターバックスなどを含むモダンな建物が並び、当時の面影はほぼなく、デジタル技術で現在の建築物を消すのは困難を極めた。

そこで撮影チームはニューメキシコ北部のゴースト・ランチにロスアラモスの外観を作り、内観を実際のロスアラモスで撮影することに。オッペンハイマーと妻キティが家族を育てたオッペンハイマー邸はロスアラモスに現存しており、その実際の建物が映画の撮影にも使用されている。この建物は一般公開されていないが、家の外を見学することができるという。

ポイント3:オッペンハイマーの歩み

実際のロバート・オッペンハイマー©Bettmann

1904年4月22日

ドイツからのユダヤ系移民の子としてニューヨークで誕生。

1925年|21歳

ハーバード大学を3年で卒業、イギリスのケンブリッジ大学に留学。師と仰ぐ理論物理学者のニールス・ボーアと出会う。

1936年|32歳

カリフォルニア州立大学バークレー校で准教授から教授に昇進。この頃、共産主義者のジーン・タトロックと出会い、交際に至る。

1939年8月|35歳

キティ(キャサリン)と出会い、この翌年に結婚。

1939年9月|35歳

第二次世界大戦が勃発。

1942年|38歳

核兵器開発プロジェクト「マンハッタン計画」が始動。オッペンハイマーはロスアラモス国立研究所の初代所長に任命され、開発チームのリーダーを務める。

1945年7月16日|41歳

アメリカで人類史上初の核実験「トリニティ実験」が行われる。

1945年8月6日|41歳

広島に原子爆弾(通称リトルボーイ)が投下される。

1945年8月9日|41歳

長崎に原子爆弾(通称ファットマン)が投下される。この惨状を目の当たりにしたオッペンハイマーは激しい後悔と自責の念に駆られ、核兵器の開発に懐疑的な姿勢を示すように。

1947年夏|43歳

プリンストン高等研究所の3代目所長となる。その後、原子力委員会(AEC)のアドバイザーとして、核兵器の国際的な管理を呼びかけ、水爆をはじめとする核開発に反対の意を示す。

1954年|50歳

ソ連のスパイ容疑をかけられ、オッペンハイマー公聴会が開かれる。オッペンハイマーに「共産主義者」のレッテル貼りが進み、危険人物として晩年まで厳しい監視下に置かれる。

1961年|57歳

ジョン・F・ケネディが大統領に就任。オッペンハイマー支持者たちがケネディの側近となり、オッペンハイマーの公的名誉を回復させようとする動きが出始める。

1965年|61歳

喉頭癌が見つかる。

1967年2月18日|62歳

ニュージャージー州プリンストンの自宅にて死去。

2022年12月16日

米エネルギー省のグランホルム長官が、オッペンハイマーを公職から追放した54年の処分は「偏見に基づく不公正な手続きだった」として取り消したと発表。オッペンハイマーにスパイ容疑の罪を着せて責任逃れをしたことを公的に謝罪した。

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『オッペンハイマー』
2024年3月29日(金)公開
アメリカ/2023/3時間/配給:ビターズ・エンド
監督:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニーJr.、フローレンス・ピュー

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