突き抜けた作家性とメガヒットを両立させる鬼才クリストファー・ノーラン監督作品まとめ

ビッグバジェットで作家性を発揮し続ける、鬼才にしてヒットメイカー、クリストファー・ノーラン。最新作『オッペンハイマー』では第96回アカデミー賞(2024年)では自身初となる監督賞を含む最多7冠を獲得し、世界興行収入は9.6億ドルを達成(3月25日現在)。史上初となるIMAXモノクロ・アナログ撮影を敢行するなど、技術的にも新たな挑戦を行った。

1970年生まれのノーラン監督は、大学生ごろから映画製作を始め、1998年に『フォロウィング』で長編監督デビュー。以降、誰も見たことのないような奇抜なアイデアと、映画愛ほとばしるアナログで大掛かりな“本物”の映像で、世界中の観客を魅了してきた。

プロデューサーは妻エマ・トーマス、脚本は弟ジョナサン・ノーランと組むことも多く、キリアン・マーフィーやマイケル・ケインといったお気に入りの俳優を重用するなど、“ファミリー”を大切にする人物でもある。一方で、『TENET テネット』(20)以降、編集技師ジェニファー・レイムや作曲家ルドウィグ・ゴランソンといったニューカマーと組み、両者にオスカーをもたらしている点にも注目だ。

今回は、クリストファー・ノーラン監督が手掛けた長編12本を年代別に紹介していく。

1.『フォロウィング』(98) 70分

3本の短編映画を手掛けたのちに生み出された、ノーラン監督の初長編監督作。製作費6,000ドルという、超低予算で作られたモノクロ映画だ。ただし、興行収入は4万8,000ドルを超えており、映画祭などでも注目を浴びたそう。成績・評価の両面で、いきなり成功を収めている。

作家志望の青年が、モチーフを得るために街で見かけた男を尾行し始めたことから、ある事件に巻き込まれていくスリラー。日本では、2001年に公開された。

ノーラン監督は本作で監督・脚本・製作・撮影・編集をこなしており、フィルム・ノワールの影響や『シャイニング』(80)へのオマージュが確認できる。そういった意味では私的な作品ともいえるが、次作『メメント』(00)にも通じる「時系列シャッフル」の演出が採り入れられているなど、才能の片鱗を十二分に感じさせる。

2.『メメント』(00) 113分

(c)Photofest / Getty Images

「才気煥発」という言葉が似合う、ノーラン監督の名を知らしめたアイデア作。記憶が10分しかもたない男が、妻を殺害した犯人を突き止めようと奔走する知性派サスペンスだ。

ノーラン監督の作品には「時間」という共通したテーマが潜んでいるが、本作はその「時間」に対する特異なアプローチが、前面に押し出されている。時系列が逆再生されるつくりになっており、チュートリアル的な「登場人物の人となりや事件の発端の説明」がなく、いきなり殺害現場からスタート(しかも逆再生。この「巻き戻し」演出は、最新作『TENET テネット』の予告編でも使われている)。モノクロ映像とカラー映像が入り乱れ、観客の記憶力や読解力が試される。

記憶を補完するため、自分の身体にメモを刻み、ポラロイド写真を持ち歩くという主人公のスタイルは、強烈に印象に刻まれるだろう。金髪に染めたガイ・ピアースの切迫した演技も光る。

本作を手掛けたノーランは、長編2作目にしてアカデミー賞の脚本賞と編集賞にノミネートされ、興行面では製作費概算900万ドルに対して全世界で3,900万ドルを記録。『メメント』は、今日まで語り継がれる作品となった。

もっと詳しく:『メメント』探偵物・復讐劇の定型を覆すノーランの傑作リバースムービー※注!ネタバレ含みます。

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3.『インソムニア』(02) 118分

ノーラン監督がメジャースタジオと初めて組んだ本作は、彼のフィルモグラフィの中で、やや異端の部類といえるだろう。1997年の同名ノルウェー映画のハリウッドリメイクで、ノーランは監督としてしかクレジットされていない(脚本には携わっているようだが)。

アラスカ内の白夜の町で、少女の猟奇殺人事件が発生。捜査に駆り出されたベテラン刑事(アル・パチーノ)は、慣れない環境で不眠症に陥ってしまう。さらにあるアクシデントに巻き込まれ、謎の男(ロビン・ウィリアムズ)に利用される羽目に……。

アル・パチーノ、ロビン・ウィリアムズ、ヒラリー・スワンクといった3人のオスカー受賞者が出演しており、彼らの演技対決が見もの。特に、不眠症に侵されて疲弊していくパチーノのリアルな芝居や、善人のイメージが強いウィリアムズの狂的な怪演が記憶に残る。

本作ではジョージ・クルーニーとスティーヴン・ソダーバーグが製作総指揮を務めており、『メメント』でノーラン監督を見出したふたりが抜擢した模様。90年代から00年代前半は『羊たちの沈黙』(91)、『セブン』(95)、『ボーン・コレクター』(99)などサイコサスペンスがブームで、本作もその潮流にあるといえよう(『ファーゴ』(96)的な不条理サスペンスの流れもあろう)。

オリジナル作で能力を見せつけてきた感のあるノーラン監督だが、本作のじっとりとした「登場人物を追い詰めていく」演出は冷徹で、『メメント』からより洗練された“演出家”としての技量を披露している。ダイナミックな風景の切り取り方は、『インターステラー』(14)にも受け継がれている。

4.『バットマン ビギンズ』(05) 141分

独創的で知的なサスペンスで評価を得てきたノーラン監督の次回作が、スーパーヒーロー映画だったのは少々驚きだったのではないか。今でこそマーベル映画が、才能ある俊英監督を各地から抜擢しているが、ノーラン監督が歩んできたキャリアを見るに、年齢層がぐっと広がるスーパーヒーロー映画で作家性を発揮できるのか……という懸念は、少なからず人々の中にあったに違いない。しかし結果的に、ダークでシリアスなヒーロー像は時代を象徴するアイコンともなり、歴史的傑作『ダークナイト』(08)へとつながっていく。

本作に至るまでのバットマン映画の流れを簡単にさらうと、『バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲』(97)が失敗に終わり、スタジオは新作の製作に慎重になっていたという。その後ダーレン・アロノフスキー監督らが雇われたが、企画はとん挫。紆余曲折を経てノーラン監督によるリブート作品に落ち着いたそうだ。ティム・バートン監督版もダークな要素が多分に含まれており、「現実的でシリアスなトーンにする」はスタジオと作り手の共通理解だったようだ。

しかしてノーラン監督が生み出した新たなるバットマン映画は、権力者の息子が両親を殺されたトラウマと恐怖を克服し、亡き父が遺したゴッサム・シティを守ろうとするという成長ドラマであり、ある種の歴史劇的なつくりにも近い。これはその後の「バットマン・トリロジー」にも受け継がれていくが、文芸的なエッセンスが感じられるエレガントな雰囲気に仕上がっている。これは知性派の作品を作り続けてきた、ノーラン監督ゆえの功績だろう。ジェームズ・ニュートン・ハワード、ハンス・ジマーによる荘厳な音楽も、「品位」の構築に貢献している。

クリスチャン・ベール、マイケル・ケイン、リーアム・ニーソン、ゲイリー・オールドマン、モーガン・フリーマンといった職人肌の演技派が結集。日本からも渡辺謙が参加している。ノーラン監督は本作の撮影前に『ブレードランナー』(82)をクルーたちに見せたというが、ルトガー・ハウアーも出演している。

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5.『プレステージ』(06) 128分

衝撃的な“オチ”が話題を集めた歴史サスペンス。19世紀末の英ロンドンを舞台に、2人の奇術師が憎みあい、激しい対決を繰り広げるさまを描く。『バットマン ビギンズ』のクリスチャン・ベールと、『X-MEN』シリーズでブレイクしたヒュー・ジャックマンが共演した。図らずも、DC×マーベルの構図となったわけだ。

大掛かりなパフォーマンスで大衆を魅了するアンジャー(ジャックマン)と、緻密なトリックで観客を翻弄するボーデン(ベール)。ある日、水槽からの脱出マジックの事故でアンジャーの妻が死亡。それを機に2人はいがみ合い、し烈な争いを繰り広げていく。そして、あるショッキングな事件が発生。それは事故なのか、トリックなのか――。

アメリカン・ビューティー』(99)のサム・メンデス監督も興味を示していたというこの企画は、大掛かりなイリュージョンの数々がキモ。CGに頼らず、セット等を建造して「本物」を映しとり、秀逸な筋運びで観客を「ダマす」ノーラン監督にとっては、マジシャンの物語は得意技といえよう。現代劇が多かったノーラン監督が、コスチュームプレイもできることが証明された作品でもある。

憎悪をむき出しにするジャックマンの熱演や、表情から真意を読み取らせないベールの妙演も、観客の心をかき乱す“仕掛け”の一部として機能している。アンジャーの助手役でスカーレット・ヨハンソン、科学者ニコラ・テスラ役でデヴィッド・ボウイが出演。

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6.『ダークナイト』(08) 152分

(c)2014 Warner Bros. Entertainment Inc.

今日に至るまで、数えきれないほどの作品に影響を与え続けてきた、ゼロ年代映画の金字塔。バットマンの宿敵ジョーカーを演じたヒース・レジャーが、死後オスカーを受賞したことも、作品の名声を一層高めている。

前作『バットマン ビギンズ』の裏テーマが「恐怖」だとしたら、本作で描かれるのは「善悪」だろう。腐敗が進むゴッサム・シティを浄化するべく、バットマン(クリスチャン・ベール)、検事のハービー・デント(アーロン・エッカート)、市警のジム・ゴードン(ゲイリー・オールドマン)の3人が結託。時を同じくして、狂気の権化ジョーカー(ヒース・レジャー)が動き出す。金や権力に無頓着で、純粋に破壊を愉しむ敵に、彼らはどう挑むのか――。

恋人と検事のどちらを選ぶのか、囚人と市民のどちらを生かすのかなど、全編にわたってジョーカーが揺らす「善悪の秤」と「二者択一」は、登場人物のみならず、我々の価値観にも強く訴えかける。「話す相手によって出自が変わる」得体のしれないジョーカーの不気味さ、理解のできなさも、当時の観客に衝撃を与えた。無機質なヴィラン(悪役)像を構築した『ノーカントリー』(07)との対比も、興味深い。

ヒーローの在り方にも一石を投じるシーンがちりばめられ、バットマンがジョーカーをひき殺せず、代わりに自分が傷を負う場面などが象徴的だ。映像的にも、冒頭シーンの流れるような銀行強盗のシーンから、ゴードンの語りで締めるラストに至るまで、2時間半という長さをまったく感じさせない没入感が続く。

ノーラン作品の特色といえる「無限音階」を使った緊張感を高める音楽、実際に行ったという病院の爆破シーン、走行テストまで行ったバイク「バットポッド」の設計など、舞台裏も趣向の連続で、深堀りしがいのある映画だ。ジョーカーのひび割れた白塗りのメイクにも、キャスト・スタッフのこだわりがにじむ。

なお、本作は米国内の歴代興行収入で、現在第12位(国内ではノーラン史上最大のヒット作)。『007』シリーズにも強い影響を与えており、シリアスなリアリティ路線へと変更がなされたと言われている。『007 スカイフォール』(12)の敵役シルヴァの行動に、本作のジョーカーを重ねた方も多いだろう。

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7.『インセプション』(10) 148分

(c)2014 Warner Bros. Entertainment Inc.

ダークナイト』で映画史を塗り替えたノーラン監督が次に放ったこの映画は、またも歴史を刷新する傑作となった。「他人の夢の中に入り込み、アイデアを盗む」という奇抜な設定と、それを納得させる大スケールの映像表現。『ダークナイト』では主にキャラクターの描写や精神、物語構造の面で革命を起こしたノーランだが、本作では主に映像面で、度肝を抜くシーンを連発している。

街や建物がせり上がるダイナミックなシークエンスや、眠った状態の人々が空中で浮遊するSFチックな構図、回転する部屋の中での決闘(実際にセットを回転しながら撮影したというから衝撃的だ)、雪山でのアクションシーンなど、ビジュアル面での“進化”がすさまじい。時間に対するアプローチはますます鋭さを増し、スローモーションを効果的に用いて、観客の体感時間を、作品のテンポに巧妙に合致させる。

脚本においても、『メメント』の正統進化系と呼べるほどに入り組んだ設計になっており、観客にとっても、あるいは主人公(レオナルド・ディカプリオ)にとっても、目の前に広がる光景が夢か現実か、説明されるまでわからない。観客のスリリングさを掻き立て、前のめりにさせる要因になっている。そこに『メメント』と同じく悲劇性を絡めてドラマ性を高めつつ、同時に、回避アイテムとして登場する「コマ」が全体を通してキーになる、というスマートな演出も仕込まれている。作品自体が、多層的な構造になっているのだ。

渡辺謙、キリアン・マーフィー、マイケル・ケインの『バットマン』組が再結集。本作に出演したジョセフ・ゴードン=レヴィット、トム・ハーディ、マリオン・コティヤールは、『ダークナイト ライジング』にも続けて参加。

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8.『ダークナイト ライジング』(12) 165分

「ダークナイト・トリロジー」の完結編。新たな敵ベイン(トム・ハーディ)に背骨を折られ、ヒーロー生命を絶たれたバットマン(クリスチャン・ベール)が、キャットウーマン(アン・ハサウェイ)らの協力を得て、再起を図る姿がドラマティックに描かれる。

ノーラン作品は長尺で知られているが、完結編にふさわしく2時間45分の超大作となっている。『ダークナイト』はマイケル・マン監督の『ヒート』(95)の影響を受けているが、本作はチャールズ・ディケンズの小説「二都物語」から着想を得たとのこと。ベインの策略によって恐怖政治が敷かれ、ゴッサム・シティは崩壊。シリーズ最大の危機が訪れるなか、バットマンは再び平和を取り戻せるのか。

空中で飛行機が半壊する、アメフトのスタジアムが陥没する、橋が落ちる、バットマンの戦闘機「ザ・バット」が空を飛ぶなど、ド派手なシーンが畳みかける本作。これまで以上に「市民」に焦点が当てられており、大規模な市街戦と乱闘など、「社会」全体がどう変容していくのか、がじっくりと描かれている点が特徴だ。

これまでは夜のシーンが多かったが、本作では日中のシーンが増えているのも注目したい。「闇の騎士(ダークナイト)」が、前作でハービーがなれなかった「光の騎士」へと成長していく姿が示唆されている。原題の『The Dark Knight Rises』ともリンクした、見事な演出だ。

これまでは単独行動が多かったバットマンに、キャットウーマンという“相方”ができることで、ふたりの掛け合いなどの「バディもの」としての面白さも、新たに生まれた。また、『バットマン』シリーズのファンには嬉しい仕掛けも、随所に施されている。

「夜明け前は最も暗い」などの名言も多い本作だが、バットマンがゴードン(ゲイリー・オールドマン)に最後にかけるセリフは、シリーズ全体を総括したものになっており、実に感動的だ。

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9.『インターステラー』(14) 169分

(c) 2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.

大成功に終わった『ダークナイト ライジング』から2年の時を経て、ノーラン監督が生み出したのは、なんと宇宙を舞台にした壮大な叙事詩。地球に滅亡の時が迫り、新たな居住地を探すパイロットたちの冒険を描くスペクタクルだが、そこはノーラン。ここでも「時間」をテーマに、一筋縄ではいかない知的で劇的なストーリーが展開する。

元々、ノーラン監督の弟で脚本家のジョナサンが参加し、スティーヴン・スピルバーグ監督のもとで進められていたという本企画。利権等々の兼ね合いでスピルバーグが外れ、ジョナサンの推薦でノーラン監督が決まったそうだ。とはいえ、製作費概算1億6,500万ドルに対し、6億7,000万ドル以上の世界興収をたたき出す結果となったため、スタジオとしては願ったりかなったりだったのではないか。

例によって『ダークナイト ライジング』からマイケル・ケイン、アン・ハサウェイが参加しているが、それ以外のキャストはマシュー・マコノヒー、ジェシカ・チャステイン、マット・デイモン、ケイシー・アフレックなど新顔が並ぶ。ティモシー・シャラメ、マッケンジー・フォイといった次世代スターを抜擢している点も注視したい。撮影監督も、『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)や『her/世界でひとつの彼女』(13)のホイテ・ヴァン・ホイテマに変更。とはいえ、ダイナミックな映像で魅せるノーランらしさは、全面にいきわたっている。

宇宙モノで無視されがちな「宇宙時間と地球時間のズレ」が、親子のドラマを引き立てる装置として機能しており、地球に置いてきた子どもたちがどんどん成長してしまう哀しみが、父親の目線で描かれる。「愛だけは時空を超えて生き続ける」というセリフに象徴されるように純然たるラブストーリーであり、ノーラン作品史上最も「泣ける」1本かもしれない。

なお、この「宇宙時間と地球時間のズレ」の描写は、新海誠監督の『ほしのこえ』(02)では恋人たちの悲恋を形成する要素として採り入れられており、両者の関連性を指摘する声もある。

もっと詳しく:『インターステラー』を生んだ高度な物理学と、徹底したノーランの実写主義

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10.『ダンケルク』(17) 106分

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押しも押されぬ名匠の域に達したノーラン監督が次に挑んだのは、「実話」を基にした「戦争ドラマ」。第二次世界大戦中の1940年、フランスのダンケルク海岸で起こった救出作戦の一部始終が、息もつかせぬスピードと怒涛の戦闘シーンで画面から立ち上がる。

本作が他の戦争映画と一線を画す部分は、「陸・海・空」の3つで、物語が展開するということ。圧倒的窮地に追い込まれた兵士たちのサバイバル、民間船が請け負った救出任務、空軍パイロットたちの戦い、といった具合だ。「複数視点」での物語だけなら類似作品はあるが、ノーラン監督はまたもや「時間」というキーワードを組み込み、「陸・海・空、それぞれに流れる時間が違う」という新機軸の物語を生み出した。

過去から現在、未来に向かって流れる時間の構造は同じだが、描かれる「時点」が異なっており、多層的な視点の効果を一層強めている。「陸」は1週間の期間、「海」は1日、「空」は1時間…といった形だ。しかも、その点に関して説明などは特にないため、ドキュメント的な映像が3種類、同時展開するという、これまでにない映像体験が待ち受けているのだ。この時間の使い方は、かつてない「発明」と呼べるのではないか。

各パートの密度が濃いため、106分というノーラン作品の中では比較的短い時間の中でも、十二分に成立している。爆破シーンや、銃撃シーンの描写も考え抜かれており、飛行機の機体にカメラを設置し、実際に飛ばす中で撮影したり、当時の機体を墜落させたり船を水没させたりと、またしても「本物志向」のノーランらしい、手に汗握るシーンが炸裂。

「渦中」を描く物語のため、緩やかに感情に訴えかけるようなドラマ曲線とはやや異なり、あたかも戦場にいるかのような緊迫感が、永遠かと思えるような絶望感とともに続くのも意義深い。ワンカット手法で戦場の臨場感を創出したサム・メンデス監督作『1917 命をかけた伝令』(19)と合わせて観てみるのも、一興だ。

もっと詳しく:『ダンケルク』戦闘機も船も実物を使用。過剰なまでの「本物志向」で、先達の意思を受け継ぐクリストファー・ノーラン

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続いては『TENET テネット』

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