創業170周年を迎えるTIMEX(タイメックス)は高級時計の異常な盛り上がりに冷笑を浮かべる【CEO&デザイナー取材】

By WATCHNAVI salon

2024年3月某日、かつて真鍮産業が盛んだったアメリカ・コネチカット州ウォーターベリーで創業したアメリカブランドのタイメックスより、CEOのマルコ・ザンビアンキ氏とデザイナーのジョルジオ・ガリ氏が来日した。この貴重な機会に編集部はインタビューを申し込み、タイメックスブランドと時計界の現状について話を聞いた。

資産価値とは一線を画す、広く一般に向けた時計作り

–ここ数年、異常な高級時計ブームがありました。100ドル前後のアイテムが多いタイメックスブランドのCEOとして、そうした昨今の盛り上がりをどう見ていましたか?

インタビューに応じるタイメックスグループ、タイメックス部門の新社長マルコ・ザンビアンキ氏。フィットネス系企業の要職を務めたのち、2023年10月より現職に就任

マルコ「確かに世界中で高級時計が盛り上がっていましたね。今のように先行きが不透明な情勢だと、金などの有形資産の投資に目を向ける人が増えるのは自然なことでしょう。ただ、それ自体は同じグループ内の別ブランドも含め、まったく関係のない出来事だと思っています(苦笑)。ご存知の通り、タイメックスは19世紀末の“ダラーウオッチ(※1)”に代表されるように広く大勢の方に使っていただくタイムピースを作り続けてきました。色々な引き出しを持つことは大切ですが、ブランドの根幹を揺るがすような価格設定の時計を作る必要はないと思っています。そうした金銭的な価値よりも、使っていて心が豊かになるような時計を作りたいですし、それはロレックスであろうと同じではないでしょうか」

※1)1895年にわずか1ドルで発売された懐中時計のこと。1989年には年間100万個が販売され、20年間で4000万本ものセールスを記録したという。

–確かに価格高騰の続く高級時計に対し、タイメックスは今なお日本円で1万円を切る製品も揃えていますよね。

マルコ「私たちは多くの方に愛用いただける時計ブランドでありたいと考えています。データリンク機能を持つ時計も開発しましたし、デジタルウオッチもそうですね。そうしたレガシーを受け継ぎながら、170年を超えてイノベーションを重ねていきたいと考えています。一方で、昨年からはアメリカでリワウンドプログラムという取り組みも行っています。これは、タイメックスの時計はもとより、それ以外の時計についても私たちに送っていただけたら、ウオッチメーカーがリペアを施して再販するというもの。送っていただいた方には次回タイメックスでお使いいただける20%のクーポンを差し上げ、修復された腕時計は専用サイトで販売されます。また、『ウォーターベリーオーシャン』のような再生素材を使うといった様々なサスティナブルな取り組みも行いながら、170年から先も広く愛されるブランドでありたいと考えています」

過去と現代、デザインとイノベーションの融合

エクスペディションの新作。ケースにチタンを使った軽量モデルだ

–タイメックスは毎年多くの新作を発表していますが、いったいどのような流れで新作の開発に着手するのでしょうか? インディグロナイトライトに代表される数々のイノベーティブな製品の開発については、専門の部署があるのでしょうか?

マルコ「この10年、タイメックスは様々なアプローチをしてきました。それら多くの開発の背景にあったのは、ミッドセンチュリーの時代に作られた膨大なアーカイブです。最近出した『マーリンジェット オートマティック』もそうですね。あれは現代のイノベーティブな技術によって、再解釈したモデルです。そうしたレガシーを継承する流れは今後も続けることになるでしょう。そして新しい技術開発などについて。タイメックスはアメリカのブランドですが、スイスやフランス、ドイツに拠点があり、フィリピンやインドには工場を構えています。デザインセンターはイタリアですし、ヨーロッパやアジアにもグループの輪は広がっています。さらにフランスのブザンソンにあるナノテクノロジーの会社にも出資するなど、多彩な分野のサプライヤーと協力体制があります」

1950年代に起源を持つ「マーリンジェット オートマチック」の2023年モデル。立体的なダイアルにペルロンタイプのストラップなど、現代的な意匠が特徴

ガリ「そうした幅広いマーケットのトレンドをキャッチアップしてプロダクトを開発していくのです。ある国でアウトドア市場が賑わっていればそれにマッチしたものを作りますし、その中で『こういう機能があったらいいのに』という意見にも耳を傾け、様々な対話を繰り返しながらタイメックスの価格での実現可能性を探ります。戦後のアメリカで『エクスペディション』が出てきたり、ランニングがブームになったことで『アイアンマン』がでてきたり。そうしたライフスタイルを見据えたテクノロジーとデザインが融合した時計を開発してきましたし、これからも続けていくことになるでしょう」

1854年からの歴史を未来へと繋げるための時計作り

–ガリさんの名前が入った限定の機械式時計「ジョルジオ・ガリ S2 オートマチック」は15万円を超える価格ながら入荷のたびに完売と聞きました。

ガリ「あの時計は『タイメックスの機械式時計が欲しい』という需要を見据えたもの。スイスメイドの機械式時計は高額になりますが、それに見合うだけのハイクオリティに仕上がり、マーケットでも高評価を得ることができました。S2はミドルケースにチタンを使い、オニキスブラックの文字盤をセットしました。ステンレススチール製のスケルトンラグは射出成形の技術を用いています。タイメックスは1970年代にはスイスメイドの機械式時計も手掛けていたので、そうした歴史に敬意を払いながらデザイナーとして培ってきたすべてを反映しました。実はすでに第2弾も考えていて、プロトタイプもあります」

タイメックスグループ チーフ クリエイティブ ディレクターのジョルジオ・ガリ氏。デザインスタジオのあるミラノを拠点に、タイメックスの数多くの製品デザインについて決定権を持つ。左手に見える「S2」は、オニキスブラックとは異なるグレー文字盤が用いられてた。発売されるかどうかは不明

–きっと今、あなたが腕に着けているモデルですね(笑)。タイメックスは非常に多くの新作が毎年出ますが、どのようにアイデアを引き出しているのでしょうか?

ガリ「世界のニーズを見極めつつも、ヘリテージと照らし合わせながらタイメックスらしい時計を作ることを心がけていて、あらゆるところからインスピレーションを受けています。常に広くアンテナを張り巡らせていると、たとえ定番品であっても自然と次のデザインの発想が生まれてきます。例えば50年前にあったものを現代ならどう解釈するか、ということを現代の事情も鑑みながら考えるのです。次に出す予定の新作はミッドセンチュリーのファニチャーなどに見られるデザインや色彩に着想を得ています。そうしたカラースキームを適用したコレクションは、現代において新鮮に映ることでしょう」

–最後に、創業170周年のアニバーサリーイヤーで何か特別なことを行う予定はありますか?

マルコ「節目の年なので、アメリカではいくつかのイベントを予定していますし、アニバーサリーモデルも出す計画があります。ただ、それらは大切ではあるものの、どちらかというと私たちは次の年から先も継続していくことに重きを置いています。このアニバーサリーイヤーを通じて、タイメックスは170年に及ぶ歴史があることがより多くの人々に伝えることができたら嬉しいですね」

取材後記

イタリアをルーツに持つ2人がアメリカブランドのタイメックスを牽引。製造の主な拠点はアジアにあるなど、現在のタイメックスは極めて国際色が豊か。かつてのヘリテージに敬意を払うことがアメリカらしさ、タイメックスらしさを維持する秘訣

現在、タイメックスを筆頭にヴェルサーチェやフェラガモ、フルラ、アディダスなどを含む14ブランドほどをグループで抱え、全体では年産1600万本程度を製造しているという。タイメックスだけでも現行商品は1000本ぐらいが定番品としてあり、コラボモデルやNFLやMLBなどのチームのトリビュートモデルといった限定品までの大小を含めるとその倍程度になるのではないか、とのこと。なお、コラボレートについては時と場合によって様々なアプローチの手段を行うそうで、最新作が出た「セコンド・セコンド」とのコラボレーションは、インスタグラムのDMから始まったのだという。それ以外には若いアーティストの支援の一環として、タイメックスがコラボレーションすることもあるそうだ。

これほどの巨大グループが、広く一般に向けて腕時計を作り続けている現状は、腕時計の着用習慣を推奨している筆者にとって頼もしい限りである。資産としてではなく、着けていて楽しく、心地よい腕時計作りの姿勢には共感を覚える。すべては170年の歴史で築いてきた広大なネットワークと技術研鑽のなせる技。もちろん、それがタイメックスプライスの維持にもつながっていることは明白だ。

最終的に時計を選ぶのは私たちエンドユーザーであるが、欲しいと思ったとき予算の下限にタイメックスというベンチマークがあることでどれほど多くの人が時計を選びやすくなることか。資産価値からは距離を置いた本質的な時計選びの楽しさを、改めてタイメックスから学んだインタビューとなった。

問い合わせ先:ウエニ貿易 TEL.03-5815-3277 https://www.timexwatch.jp/

TEXT/Daisuke Suito (WATCHNAVI) Photo/Kensuke Suzuki (ONE-PUBLISHING)

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