2023年の10月から12月にかけてクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で実施された「東京メトロアップサイクルプロジェクト」。丸ノ内線02系引退車両の座席シートと廃棄されるデニムを活用して生まれた、大小のポーチとキーホルダーというアップサイクル商品は発売からわずか3分で完売した。
シート生地と駅係員の制服に採用される袖章タグやボタンを組み合わせたオリジナルのグッズは、その見た目の可愛らしさと耐久性に優れた作りで、男女問わず幅広い世代に受け入れられている。ニュースクランチが東京メトロ初のアップサイクルプロジェクトが生まれた経緯と展望について、同社の企業価値創造部の岡祐希氏にインタビューした。
▲アップサイクルプロジェクトで販売されたポーチとキーホルダー
東京メトロ初のアップサイクルは丸ノ内線02系
――まずは、東京メトロアップサイクルプロジェクトが始まった経緯を教えてください。
岡祐希氏(以下、岡):東京メトロアップサイクルプロジェクトは、私が所属する企業価値創造部のメンバーで発案したものです。航空会社などがアップサイクル(廃棄予定であったものに手を加え、価値をつけて新しい製品へと生まれ変わらせる手法)の取り組みを進めるなか、弊社でも同様の取り組みができるのではないかと考え、各部署を回ってアップサイクルができそうなものを調べました。
そこで引退予定の丸ノ内線02系の車両から、他のものと比べて容易に加工ができそうなシート生地に着目しました。これまで弊社としてリサイクルの取り組みはしてきましたが、アップサイクルは初の試みです。リサイクルと異なり、アップサイクルは素材を活かして付加価値を与える点が特徴です。
〇【TOKYO METRO UPCYCLE PROJECT】~引退車両に新たな価値を~
――リサイクルというと、途上国では日本の車両がそのまま使われている例もありますよね。
岡:そうですね。千代田線6000系の車両はインドネシアで再利用されています。また、電車内の計器類などの部品は鉄道ファンに人気なので、イベントで販売することもあります。
――ちなみに、そういった機器はどのくらいのお値段で売れるのでしょうか?
岡:電車の前面にある行き先を表示する機械は1万円、圧力計や電流計などの計器類は数千円、つり革は500円ほどですね。マニアの方になると、自宅で配線して計器類を動かしたりもされています。つり革はネクタイ掛けにちょうどいいんですよ。私も自宅でそのように使っています(笑)。
――ちょっとしたインテリアにもなりそうですね! 本題に戻りますが、今回のプロジェクトでは「ヤマサワプレス」という企業と組まれてますよね。
岡:ヤマサワプレスさんは洋服のアイロンプレス、最終検品を行っている企業ですが、古着のジーンズ生地をアップサイクルして、さまざまなプロダクトを製作しています。デニム生地をアップサイクルするノウハウを、電車のシートのアップサイクルにも活かせるのでは? と考えてオファーしたところ、ご快諾をいただきました。
制服の袖章やボタンでマニア心をくすぐる仕様に
――実際の製作過程と商品の特徴を教えてください。
岡:最終的に商品化されたのは大小のポーチとキーホルダーですが、そこに至るまでにトートバッグやクッションなど、いくつかのサンプルを製作しました。社内でサンプルを共有してアンケートを取り、「デニムとシート生地の割合はどうするべきか?」などいろいろな意見を出しあいながら、試行錯誤を重ねて完成しました。
▲制作過程でつくられた試作品
大ポーチには、駅係員の制服の肩についている袖章をあしらっています。小ポーチとキーホルダーにはボタンが付いていますが、これは現行の制服ではない旧デザインのボタンを再利用したものです。やはりアップサイクルには付加価値が必要ですので、そこにはこだわりました。
――商品化までに苦労した点はありますか?
岡:シートを剥がす最初の作業が大変でした。この作業には私も参加しましたが、廃車の中なのでエアコンが効かないんですよ。ピットという作業場で行うので、夏場は本当に蒸し風呂状態です(笑)。先日も参加しましたが、冬場の作業でちょうどいいくらいの気温でした。
▲座席から剥がしたシート
――取り外したシートはどうなるのでしょう?
岡:シートをパッキングしてヤマサワプレスさんに送って、そこから手作業で洗浄します。キレイになった生地を裁断、加工して完成です。ヤマサワプレスさんはデニムの汚れを落とす独自の洗剤を開発しているので、シートの大半の汚れも落とすことができました。我々がシートを送ってから完成まで、だいたい1~2か月を要します。
▲シートの洗浄は手作業で行われた
キャンプ用品やカメラグッズの展開も?
――完成したポーチとキーホルダーは発売から3分で完売しましたが、予想していましたか?
岡:私を含めて3名の担当者がいたのですが、完売までには3日~2週間を要するだろうと予想していました。リアルタイムで状況を見ていましたが、あまりの速さに驚きましたね。クラウドファンディングでの告知はもちろん、TBSと日本テレビのニュース番組で取り上げていただいたのも大きかったと思います。
――商品を購入した人の属性を教えてください。
岡:20代~40代をメインに幅広い世代に受け入れられています。男女比もほぼ半々ですね。今回は丸ノ内線の車両ということで、沿線に住まわれている方、かつて住まわれていた方からも好評でした。
――大反響があった今回のプロジェクトですが、第2弾、第3弾の構想はあるのでしょうか?
岡:今回は初めての試みということで、私たちのアップサイクル製品に対するニーズを検証する側面が強かったのですが、継続のためには利益も必要なので、今後は収益の面もシビアに判断しながら継続する予定です。じつは今回のプロジェクトを提案するときに、説得力を持たせるためにも、まずは自分で端材からペンケースを作りました。
――それは岡さんのハンドメイドですか?
岡:はい、すべて手作りです。素材は南北線9000系の座席シートを使っています。地下鉄の車両はすべて燃えにくい素材を使用しているので、このシートも焦げ付くことはあっても火が燃え広がることはありません。さらに何年も使うので耐久性にも優れています。今後は、アウトドアメーカーと協業してキャンプ用品などが作れたら面白いと考えています。
▲岡さんがハンドメイドした筆箱
――耐火性と耐久性に優れた生地なら、確かにキャンプ用品には最適ですね。
岡:私はカメラが趣味なのですが、カメラと鉄道は親和性が高いので、カメラメーカーと組んでケースとかストラップなんかもできたらいいですね。
アップサイクルの取り組みはストーリーが重要
――ここまでお話を聞いておいてなのですが、こういった前例のない新しい取り組みに対して、社内から反対意見などありましたか?
岡:私が所属する企業価値創造部は、新規事業を生み出すことが目的の部署ですので、新しい取り組みのアイデアも比較的通りやすい環境ではあります。ですので、このプロジェクトを進めるにあたっての疑問点・改善点などはいただきましたが、反対意見などはありませんでした。
とはいっても、ビジネスとして成り立たなければ意味がないので、収益性について今後はより厳しく審査されると思います。今回は丸ノ内線の02系という引退車両がありましたが、常に引退車両があるわけではないのでシートなどの材料も有限です。そこを踏まえてどんなプロダクトを生み出していくか……。
将来的には、このアップサイクルの取り組みをシリーズ化して、今回の丸ノ内線02系で作ったポーチやキーホルダーを他の車両でも展開していきたいですね。マニアの方のコンプリート欲を刺激する製品を作りたいです。
――今後はシート以外の素材を使う可能性もあるわけですよね。
岡:そうですね。ANAさんは整備士の作業着からトートバッグを作っています。東京メトロには駅係員、運転手、車掌の制服に加えて、夜間のレールの交換作業や電気的な点検をする技術系の社員の制服もあります。そういったバリエーションのなかからバッグなどを作っても面白いかと思います。
――同じ上野にある東京藝術大学とコラボなどできたら面白そうですね。
岡:その視点はありませんでしたが、アップサイクルの取り組みはストーリーが重要だと考えています。藝大さんも我々も同じ上野という共通点があるので、なにか新しい企画が生まれたらステキですね。
(取材:松山 タカシ)