プーチンは「内部」から崩れるかもしれない|石井英俊 ウクライナ戦争が引き起こす大規模な地殻変動の可能性。報じられない「ロシアの民族問題というマグマ」が一気に吹き出した時、“選挙圧勝”のプーチンはそれを力でねじ伏せることができるだろうか。

“圧勝”プーチンを揺さぶるテロ攻撃

モスクワで大規模なテロ攻撃が行われた。まだくわしいことはわからないが、当事者の発表通りだとすればイスラム過激派組織「イスラム国」による攻撃とのことだ。イラク・シリア方面での支配地域を失って以降、名前を聞くことが少なくなっていたが、イスラム国残党勢力にしてみればロシアから空爆までも受けた恨みは忘れていないということだろう。

この事件の一報を耳にして最初に思い出したのは、2002年10月に同じくモスクワの劇場をチェチェン武装勢力が占拠して立てこもり、人質100人以上の犠牲者を出した事件のことだ。あの時はチェチェン武装勢力は人質を取って立てこもったが、プーチンはテロリストとは交渉しないとして特殊部隊による強硬突入を行った。今回のイスラム国がそれを参考にしたかどうかはわからないが、立てこもりではなく最初から銃を乱射しての無差別攻撃だった。

この事件がプーチン体制による「偽旗」であったかどうかにかかわらず、いずれにしろロシア国内の統制は今後より一層強まることになるだろう。大統領選挙でも9割近い得票で圧勝し、プーチン体制は磐石のようにも見える。

一方で、ウクライナ東部、南部における戦線はこう着状態が続いている。昨年大々的に打ち出されたウクライナによる反転攻勢は失敗した。今年は逆にロシアからの更なる攻勢が予想されている。キーウへの再侵攻の可能性もあるという。そして11月に行われるアメリカ大統領選挙において、トランプ前大統領が再選される可能性が高まってきた。

トランプは、「自分が再選されれば、1日で戦争を終わらせる」と繰り返し豪語している。その意味するところは、ウクライナへの支援を打ち切り、プーチンと直談判して、その時のラインを基に停戦(休戦)に持ち込むということだろう。ウクライナの立場からすると、明るい材料は何も見えていない状況だ。親露派は喜び、親ウクライナ派は暗澹たる気持ちだろう。

ロシア内部で連日、数千人規模の大規模デモ

写真はイメージ

前線の状況に大きな変化がなく、ウクライナでの戦争についてのニュースが少なくなっているが、ここで私はロシア内部の動きに注目したい。ロシア連邦の中西部に位置するバシコルトスタン共和国(ロシア連邦に21存在する共和国の1つ)において、1月15日から数千人規模の大規模デモが連日起き、多数の逮捕者を出す騒ぎとなっている。

2022年2月に始まったウクライナ侵攻以降、ロシアでは反政府活動への取り締まりが強化されており、このような無許可デモが大々的に起きたことは異例中の異例で、最大規模のものとなった。催涙弾が乱れ飛び、治安部隊が民衆を殴打する映像がネット上にも流れている。3月の大統領選挙を前にして、ロシア内部で大きな混乱が起きたことは注目に値する。

私は昨年8月、ロシア連邦からのバシコルトスタンの独立を訴えて活動しているバシキール人のリーダーで、リトアニアに亡命しているバシキール国民政治センター代表のルスラン・グバエフ氏に東京で会った。私もグバエフも、第7回「ロシア後の自由な民族フォーラム」に登壇し、2日間行動を共にした。「ロシア後の自由な民族フォーラム」については過去の2記事(「日本は世界で最も重要な国のひとつ|オレグ・マガレツキー×石井英俊」「ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊」)を参考にしてもらいたい。

ロシアの民族問題というマグマ

グバエフの説明によると事情は次のようなものだ。

デモは、バシキール人の環境活動家フェイル・アルシノフ氏が不当に逮捕され、17日に裁判で懲役4年の実刑判決を受けたことに対する抗議活動として巻き起こった。フェイル・アルシノフは15年以上にわたってバシコルトスタンにおいて公的または政治的活動に従事してきており、権威ある人物とのことだ。アルシノフが率いていた「バシコルト」という組織が「過激派」と認定されたため、その後、アルシノフは政治家としての活動を停止して、バシコルトスタン共和国の生態系保護のために活動していた。天然資源が豊富なウラル山脈地域には、さまざまな外国企業が進出しており、地元住民のために環境保護活動に取り組んでいたのだ。

ある抗議集会においてアルシノフが「バシキール人は、最終的に自然が破壊されれば、自分たちの土地からどこにも行くことができない。他のどんな人でも、例えばタタール人ならタタールスタンへ、ロシア人ならヴォロネジ(ロシア南西部の都市)へ、アルメニア人ならアルメニアへ行くことができるが、バシキール人にはバシコルトスタンしかない」と強調したところ、バシキール語で話していたこのアルシノフの言葉を、あたかも「他民族を追放せよ」と呼びかけていたかのようにFSB(ロシア連邦保安庁)が歪曲(意図的誤訳を)して、民族憎悪を煽った罪で不当に逮捕した。アルシノフの裁判への抗議活動が15日から巻き起こったため、判決が17日に延期され、数千人のデモ隊と治安部隊が衝突し、この日少なくとも15人以上が逮捕された。

第7回「ロシア後の自由な民族フォーラム」2日目にスピーチするルスラン・グバエフ氏

さらに、19日にはバシコルトスタン共和国の中心都市ウファでも1500人規模のデモが起きた。デモは、元々はフェイル・アルシノフの不当逮捕と判決に抗議したものだったのだが、ウクライナ戦争への反対やプーチン批判まで飛び出したとのことだ。

ロシア・ウクライナ戦争は、前線の膠着状況とは裏腹に、まだ表面的にはあまり見えていないが、大きな動乱を引き起こそうとしているかもしれない。

1991年、巨大なソ連帝国は崩壊し15ヵ国に分裂した。その時に独立を目指したが軍事力でねじ伏せられたのがチェチェンなどであり、または独立にまでは機運が盛り上がらなかった多数の民族がいた。今度のロシア・ウクライナ戦争は、再び大きな地殻変動を引き起こすかもしれない。一旦は冷えて固まって溜まっていたマグマを、戦争という状況が揺り動かしているとも言える。

ロシアの民族問題というマグマが一気に噴き出すかもしれないのだ。今度もまたプーチン体制が力でねじ伏せることが出来るのかどうかが焦点だ。ウクライナの前線にほぼ全ての陸軍が出ていってしまっており、ロシア内部がいわば空白とも言える状況下なのがポイントだろう。

ウクライナ側に立って戦うロシア人義勇軍

昨年11月末には、シベリア東部ブリヤートにおけるトンネルで、軍事物資を運ぶ列車を爆破する攻撃をウクライナの情報機関「保安局」(SBU)がおこなった。北朝鮮からの弾薬などがロシアの兵站を支えている状況で、このような破壊活動が今後活発化していけば、前線に与える影響も無視できなくなるかもしれない。今年1月にはサンクトペテルブルグのガス工場を炎上させるという無人機による攻撃も行われた。

これまでウクライナは、欧米からの政治的な圧力により、ウクライナの国境内部での戦いのみを行ってきていたが、支援が先細りしてきたことに反比例して、ロシア内部への攻撃を始めている。

今月、ウクライナ側に立って戦うロシア人による義勇軍である「ロシア自由軍団」や、「ロシア志願兵軍団」「シベリア大隊」による共同記者会見がウクライナにおいて行われ、今後も「特別解放作戦」を継続するとの発表も行われている。

これらのウクライナ側によるロシア内部への攻撃と、ロシアの民族問題がどう結びついていくか。火種は至る所にある。今回のバシコルトスタンやタタールスタンなどのヴォルガ中流域以外にも、特にチェチェンを含む北コーカサス地方は最も要注意の地域だ。戦争で多数の死傷者を出しているトゥヴァやブリヤートなどのシベリア方面でも不満が大きく高まっている。

戦時下だということを忘れてはならない

加えて今回のテロ攻撃を行ったイスラム国と、あらゆる方面からロシア内部への攻撃が起きている。プーチンは、ウクライナに対して正面から「敗戦」することはなくても、内部から崩れるかもしれない。好き嫌いではなく、あらゆる情報とシナリオを分析検討しておくことがインテリジェンスの基本だ。戦時下だということを忘れてはいけない。どこかのタイミングでロシアの崩壊が突如として始まるかもしれないことを、一つの可能性として考えておくことも必要ではないだろうか。

真の勝利は「ロシア連邦の完全な解体」

ルスラン・グバエフはこう呼びかけている。

「まず第一に理解してほしいことは、単一の『ロシア民族』などは存在しないことだ。ロシア連邦は、多民族帝国であり、そこに存在するそれぞれの民族は、独自のアイデンティティ、言語、土地を持っている。私たちは、モスクワに占領されるはるか以前からここに住んでいた。西側諸国からの関心と支援は、不釣り合いなほど、いわゆる『リベラルなロシアの野党』に偏り過ぎている。西側諸国は、ロシアの崩壊を恐れるべきではない。結局のところ、『帝国』が全体として維持されるならば、攻撃的で軍事的な政策は繰り返されるだろう。だからこそ、我々全員にとって真の勝利となる唯一最良の方法は、ロシア連邦の完全な解体なのだ」

第7回「ロシア後の自由な民族フォーラム」メンバーにて国会見学、右から5人目がルスラン・グバエフ氏、左から3人目が筆者

石井英俊

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