CHAI、別れの先に出会う新しい自分 最初から最後までセルフラブの精神を貫いたラストライブを観て

「コンプレックスはアートなり」。それは呪いを魅力へとひっくり返す魔法の言葉だった。この日のMCでユウキ(Ba/Cho)は「自分を愛することってなんて楽しいんだろう。難しいことじゃなかったんだ」と語っていたが、そうしたセルフラブの精神、ありのままの自分を愛することで人生が輝くんだという発想は、彼女たち自身を解き放つだけではなくリスナーの心をも軽くした。だからこそCHAIの音楽は次々とボーダーを飛び越えて広がっていったのだろう。知性と勇気を備えたこの音楽には、伝えたい言葉があり、そしてそれを届けるだけの音楽的な魅力が十二分にあったのだ。

ラストツアーとなった『We The CHAI Tour!』、そのファイナルである3月12日のEX THEATER ROPPONGI公演。1曲目はドープでオリエンタルな雰囲気の「MATCHA」から。歌い終えたところでマナが景気づけのように叫ぶ「Hi, everybody!! We’re CHAI. It’s show time!」。会場の空気が一気にハジけるのを感じた。カナ(Vo/Gt)が弾くファンキーなギターがカッコいい「ラブじゃん」から、CHAIの中でもとびきりチアフルなポップソング、「アイム・ミー」へと繋がっていく。この曲の〈Alright!/Always I’m pretty girl〉という歌とメロディには、何度聴いても胸がすくような溌剌とした魅力がある。

次はお馴染み、替え歌での物販紹介である。この日のセレクトは松谷祐子の「ラムのラブソング」で、〈あんまりソワソワしないで〉と歌いながらマナ(Vo/Key)とカナが小気味よくCHAIのグッズを紹介していく。アンコールでカナが「ずっとずっとみんなの隣にいる音楽だと思っている」と言っていたように、CHAIの音楽はこれからも誰かの日常を照らすだろう。だが、こうしたライブならではのパフォーマンスは見納めとあって、寂しさを感じた人も多かったはずだ。

「Sound & Stomach」のブリブリなベースと、「ボーイズ・セコ・メン」のユナ(Dr/Cho)のドラムでくらくらしていると、「We The Female!」のタフなアンサンブルでさらに引き込まれる。この辺りからはステージ上の4人がフレキシブルに動いていくのが印象的で、マナとユウキが上段ステージに置かれたサンプラーでセッションしたかと思ったら、カナが持ってきたスタンドマイクでマナとカナがパラパラを踊りながら「PING PONG! (feat. YMCK)」を歌う。CHAIの音楽はずっと自由で柔軟だ。次は4人全員で踊って歌う「ACTION」を披露し、衣装の背中に書かれた「新可愛」の文字をばっちり見せていく。チャーミングかつコミカルなパフォーマンスに、客席からは笑みがこぼれる。そして何より、文字通りCHAIはこの言葉を背負い続けてきたんだと思うと、一層その姿を眩しく感じてしまう。

「PARA PARA」を終えると最初の長めのMC。「今日はCHAIの門出。みんなの門出。NEOかわいいベイビーズたちの門出」とのことである。そしてマナの「みんなどこから来た?」という問いかけには、日本各地はもちろんのこと、LAやスイス、台湾や中国など、国内外様々な地名が上がっていく。数多くの海外公演、SUB POPとの契約、HINDS、Gorillaz、Duran Duranら海外バンドとのコラボなど、夢のようなキャリアを展開してきたCHAIだからこその景色だろう。それから「いろんな想いを全部抱きしめてほしいし、自分を全部丸ごと愛せるようになったらいいなと思って作った」という「まるごと」を演奏。ユナの柔らかいドラムが曲のムードを形作っていく。紛れもなく、この日一番優しい歌だったと思う。CHAIが歩んできた道のり、そこで得た気づきや経験が、しっとりと曲の中に染み渡っているような音楽である。

ライブのギアが切り変わったのは「クールクールビジョン」からである。ここからは尋常じゃないエネルギーで、終わりへと突き進んでいく。けたたましいサイレンの音に始まり、豪快なドラムが曲のテンションを決定づける中、カナの猛然としたギターソロが歓声を誘い、キーボードの演奏をユウキに任せたマナはハンドマイクでステージを駆け回り、〈就活 婚活 豚カツ/トリッキー トリッキー〉という言葉を叫んでいく(改めて凄い歌詞だ)。激しい、というよりも獰猛と言いたくなるような演奏で、そのボルテージのままに「ハイハイあかちゃん」に突入。長尺にアレンジされたアウトロのベースとドラムのセッションは、間違いなくこの日のハイライトである。後年このライブのことを思い出したら、きっと誰もがこの瞬間を頭に思い浮かべるだろう。それから一層強くアクセルを踏んだように「END」「N.E.O.」と突き抜けていく。ここの数曲にはフレンチエレクトロとパンクを混ぜ合わせたような熱狂的なテンションがあり、こうした会場を丸呑みにするようなエナジーこそがCHAIなのだ。曲に込めた確固たるメッセージを支え続けたのは、何においてもこの4人のタフで強烈な演奏だった。このアンサンブルがあったからこそ、CHAIの音楽は言葉だけでは届かない距離にまで飛んだのだろうし、心の深いところにまで刺さったのだろう。

あっという間にあと2曲である。メロウな音色に相俟ってか、「Donuts Mind If I Do」には幾らかの寂寞感があったように思う。そして本編最後の「フューチャー」は、おおらかながらも情熱を感じる演奏で、マナとカナのハモリも風に乗って吹き抜けていくような心地よさがあった。

アンコールでは「ほれちゃった」を歌い、メンバーそれぞれが自分の言葉でCHAIの活動を振り返り、今の気持ちを伝えていく。「楽しいときも、悲しいときも、ちょっと自分のことが嫌いだと思うときも、それでも自分100%でいいんだっていうのがCHAIで伝えたかったこと」というユウキの言葉は、中でも象徴的なコメントだったと思う。自分を肯定することで見える景色が変わること、それがCHAIの音楽を通して伝えてきたメッセージなのだ。そして、そう思うとなおさら「sayonara complex」は良いタイトルだったと思う。別れることで出会うのである。新しい自分、新しい他者、新しい世界に。それはまさに世界中を巡って音楽を届けてきたCHAIのキャリアがそうであったように。だからこそ、やはりこの日はみんなの門出なのだろう。

サプライズのダブルアンコールでは初期の代表曲「ぎゃらんぶー」でブーイングしながら終わり! かと思いきや、もう一度ステージに現れた4人がこの日二度目の「N.E.O.」を披露し大団円。マナが客席まで駆け出して歌っていたのが印象的だ。ニュー・エキサイト・オンナバンド CHAI。最初から鮮烈で、最後まで最強のバンドだった。

(文=黒田隆太朗)

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