【4月2日付編集日記】まねてはいけない

 人間国宝の十代目柳家小三治が、高座をこんなエピソードから始めたことがある。「いまだに師匠からちゃんと落語を習ったことがない」。ずっとそばにいるのだから、見て盗めということだったようだ。師匠の五代目小さんも人間国宝。この上ないお手本だ

 ▼自分の落語を初めて小さんに聞いてもらったのは、入門から4年たった頃。しぐさや間(ま)について何か言ってもらえるかと思っていたら、師匠は腕組みをしたまま「面白くねえな」。一言で終わってしまったという

 ▼小三治も教える側となって「だめだ。面白くない」で済ましていた。すると教えを請うてくる後輩が減っていった。「昔から申します。付け焼き刃は、はげやすい」。まねるだけではぼろが出るということらしい

 ▼実は、小さんは弟子の高座などを聞き、陰でアドバイスしていた。小三治もそれを知りつつ、面白おかしく客を引き込むために脚色したのだろう。ただまねるのではなく、なぜそうするのかまで理解しないとうまくいかないのは落語の世界に限ったことではあるまい

 ▼新社会人にはもう一つ。誰をまねるか、慎重に選ぶのが大切だ。例えば、何かやらかした時の言い逃れを国会中継で学ぶと、信頼を失う。

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