フィギュアスケート選手・小松原美里さん「結婚、そして卵子凍結─私の選択」

フィギュアスケート選手の小松原美里さんは2017年、アイスダンスのパートナーであるティム・コレト(現在は小松原尊)さんと結婚。そして2023年、卵子凍結という決断をしました。
アスリートとしてオリンピック出場という目標を追いながら、未来の自分のために行った選択。約7年の夫婦の歩みと今の想いを語っていただきました。

『Special Interview 「 結婚、そして卵子凍結──私の選択」小松原 美里さん(フィギュアスケート選手)』
※参考:「妊活たまごクラブ 2024-2025年版」

【妊活とキャリア】山口真由さん「卵子凍結」という選択をして見えたもの

ペア結成から約8カ月、結婚は自然な流れで

小学4年生からフィギュアスケートを始め、高校時代にはアイスダンス選手として全日本ジュニア選手権で連覇。その後、イタリアへと拠点を移し、22才のときにはイタリア選手権で日本人初の銅メダルを獲得した小松原美里さん。世界を舞台にアスリートとしてキャリアを重ねながら、漠然とライフプランを思い描いていたと振り返ります。

「両親は仲がよく、私の夫婦の理想像。だから自分もいつか結婚して、お母さんになって…と、ふわっとしたイメージを持っていました」

23才のとき、子宮の近くに腫瘍が見つかり手術を受けたことをきっかけに自分の体と向き合い、ヴィーガン(動物性食品をいっさい口にしない完全菜食主義者)に。イタリア人選手とのペアを解消し、新しいスタートを切るべくトライアウト(パートナーとしての相性を判断するためのスケーティング)に臨みました。そこで出会ったのが、アメリカ人スケーターのティム・コレトさん。

「トライアウトの際、ティムの荷物が空港でロストバゲージに遭い、スケート靴や衣装が現地に届かないというアクシデントがありました。でも、そのおかげでスケート以外のことも早くから共有できたと思います。それに、当時の私はオリンピック出場をあきらめながら滑っていたのですが、ティムと『心の中にはまだ叶えたい夢があるよね』という話をして前向きな気持ちに。彼と一緒にやっていこうと決めました」

2016年、2人は正式なペアとなり、オリンピック出場という共通の夢を追うようになります。

「最初の頃は言葉の壁がありました。ティムは当然、日本語がまったくわからない。私は当時イタリアに住んでいたのでイタリア語は勉強していたけれど、英語はいまいち…。それでも2人とも『もっとコミュニケーションを取りたい』『理解を深めたい』という想いが強かったので、お互いに勉強しました」

絆を深めた2人は2017年に結婚。競技だけでなく私生活でもパートナーとなりました。

「『スピード婚』と言われるくらいの早さで結婚しました。だって一緒に過ごしていて楽しいし、邪魔するものもないし。私たちにとって結婚は自然な流れだったような気がします。あまりに自然だったから、自分でもびっくりしたくらい(笑)」

アスリート同士の結婚、国籍や文化の違い…。大変なこともあるけれどいまだに新しい発見があるからおもしろい!

国籍の違うアスリート同士の結婚には大変だと感じることも。

「言葉ももちろんですが、いちばんは育った国の文化の違い。当たり前と思うことが全然違うんですよね。スケートでは理解し合える部分が多いけれど、結婚生活では確実に違う人間同士であるということを実感します。でも、いいようにとらえれば『あ、彼は私とは違う考えなんだな』『こんな一面もあるんだ』と、いまだに新しい発見ばかり。それがおもしろいなと思っています」

結婚生活に明確な約束事はないものの、スケートのカップルとして設けたコミュニケーションのルールを家庭でも実践しているそう。

「例えば、疲れておなかがすいていると、頭が働かなくてギスギスしちゃいますよね。その状態で相手にイライラをぶつけない、とか。ほかにも、ティムはけっこうおしゃべりなタイプですが、私にもキャパシティがあるので、余裕がないときは『ごめん、今は1人で過ごしたい』と言います。最初の頃、ティムは『なんで?』という感じでしたが、今は理解してくれるようになりました」

けんかをするのはアイスダンスのことばかり

家事はやれるほうがやる、というのが小松原家のスタイル。

「私は洗い物が溜まっているのがすごく嫌いだけど、ティムはあまり気にならないみたい。だから気づいたほうが片づけるし、そもそも自分で使ったものは自分で片づけるようにしています。スケートで同じように動いていて、お互いの疲れ具合がよくわかるから、相手に押しつけることは絶対しない。だから、家ではあまりけんかになりません。氷の上ではめっちゃけんかしますけどね(笑)。2人ともこだわりが強いから、『ステップはこっちのほうがいい!』とか、つい熱くなっちゃう。アイスダンスのことでぶつかることはあっても、家の中では2人ともすごく穏やかに過ごしています」

2人の未来のために夫が日本国籍を取得

ティムさんは2020年に日本国籍を取得。日本に帰化し、名前を小松原尊さんに改めました。

「私がイタリア代表として滑っていたとき、『オリンピックは?』『国籍どうするの?』と聞かれたことがありますが、当時は日本大好きな自分が国籍を変えるなんて考えられませんでした。それなのにティムは自分の国籍を変える決断をしてくれた―。それだけ2人の未来を大切に考えてくれたのだと思うと、感謝の気持ちでいっぱいになります。私にはできなかったことだから」

もちろん、ティムさんにも葛藤はあったはず。

「彼も悩んだと思います。私には想像できないレベルで。だからこそ、これがいい選択だったと思ってもらえるように、2人で過ごしていきたいなと思っています」

公私にわたるパートナーとなって約7年。夫婦円満の秘訣は「自分時間を持つこと」と美里さん。

「夫婦だからといって、ずっと一緒だと嫌になっちゃうし、スケートの時間をよりクオリティ高く過ごしたいと思っているので、お互いに趣味や息抜きの時間を持つようにしています。私の場合はヴィーガンのコーヒーショップを探したり、古着屋さんを回ったり。読書も好きだし、最近はゲームも始めました。ゲームはどこでもできるし、1人の時間に没頭できて楽しいんです。夫もゲームをしたり、読書をしたり。小説を書くことが好きなので、完成がいつになるかはわからないけれど書き続けているみたいです」

お互いを尊重し、絆を深めながら同じ夢を追う2人は、生き方の多様性を私たちに示してくれます。

「スケート界でも、こんなに見た目が違うカップルって珍しいんです。だいたい2、3年でカップルを解消することが多いのですが、私たちは今8年目。いろんなことを乗り越えてきたと感じています。1人では行けなかったところに2人で行って、一緒に経験できるわけだから、人生っておもしろいなと思います」

卵巣年齢46才!? 検査の結果に衝撃

2023年7月、美里さんは1つの大きな決断をしました。それは「卵子凍結」をすること。

「私が初めてオリンピックに出場したのは2022年。その最終選考を前に、『もし出場できなかったらどうしよう』と思いました。選考シーズンは緊張で生理が来ないし、食べられないし、不安でいっぱいに。だから出場できなかった場合の人生プランや選択肢を持っておくべきじゃないかと考えたんです。そんなとき、ネットで何気なく『アスリート両立』『アスリート妊娠』と調べていたら、スノーボード選手の竹内智香さんが卵子凍結をされたことを知り、『卵子凍結って何?そんな選択肢があるの!?』って。もしオリンピックに出られなかったとしても、まだスケートを続けたいという想いが強かった私には、理にかなった方法のように感じました」

卵子凍結について調べ、経験者から話を聞いて不安を解消したそう。

「経験者に聞けば聞くほど不安がりました。特に、同じアスリートある智香さんには、どういうトラジション(移行)で競技に復活するのかという話も聞くことができたので、『私にもできるかもしれない』とポジティブに思えました」

夫であるティムさんにも相談。

「『それはなぜ必要なの?』と聞れましたが、私が説明する『美里がやりたいんだったらいいんじゃない』と寄り添ってくれました」

31才のとき、卵子凍結することを決断。自分のために自分で選択した“未来への投資”にはずっと抱えていた不安に対するお守り的な安心感も

こうして、卵子凍結に踏み切ることに。とはいえ、カナダをている美里さんが日本で卵行うためには、スケジュール管理が大変だったと言います。

「アイスショーに出演しながら、排卵を誘発するための自己注射を打って。3日間出演したなかで、最後の日はちょっとしんどかったです。でも、動ける範囲で薬の量を調整しもらうなど、クリニックにも協ていただいて乗り切りました」

そして卵子の凍結を進める前にクリニックでAMH(抗ミュラーホルモン)検査を受けると…。

「AMHの値がとても低く、『46才くらいの人と同等』という結果に。『ん? 今31才なのに46才くらいの数値ということは、私の卵巣は閉経も近いような状態なの?』と、愕然としました。それと同時に『このタイミングで卵子凍結をすることにしてよかった』とも思いました」

卵子凍結をしたことで競技への集中力もUP

採卵できた卵子の数は多くはなかったものの、得られたものは大きかったと話します。

「私にとって卵子凍結は『未来の自分への投資』。だから自分のために自分で選択したという気持ちと、ずっと抱えていた不安に対するお守り的な安心感があります。それに、卵子凍結をしたことで競技にめっちゃ集中できるようになったんです。心配が少し減ったことできちんと食べられるようになり、なりたい体型に近づいてきて。メンタルが安定したのも思わぬメリットでした」

自分の声に耳を傾けて体の状態を知ることが大事。まずは検査を受けることから始めて

また、卵子凍結は自分の体と向き合うきっかけにもなりました。

「卵子凍結をしようと思って初めて、卵子は加齢とともに減っていく一方であることや、AMH検査というものがあることを知りました。もし『次のオリンピック後でいいや』と後回しにしていたら、どうなっていたか…。そう考えると、早めに検査を受けることは大事だと思います。卵子凍結をするということじゃなくても、自分の体が今どういう状態なのかを知っておくことで、将来を考えやすくなると思うから」

そして最後に、こんなメッセージを寄せてくれました。

「結婚も妊活も卵子凍結も人それぞれだから、比べることは無意味。人にとやかく言われても気にせず、自分の声に耳を傾けて、自分のことを大切にしてあげてください。検査を受けてみることも、自分を大切にすることにつながると思います」

尊さんは公私にわたるよきパートナー!

撮影/赤羽はるみ

2023年12月に行われた全日本フィギュアスケート選手権。
美里さん・尊さんペアはアイスダンスで2年ぶり5度目の優勝を果たしました!

小松原美里さんのヒストリー

●2009年
全日本ジュニア選手権で初優勝
その後、全日本ジュニア選手権3連覇を果たす。

●2014年
イタリア代表として国際大会に出場

●2016年
ティム・コレトさんとカップルを結成

●2017年
ティムさんと結婚
カナダ・モントリオールに練習拠点を移す。

●2018年
全日本選手権で初優勝
2021年の全日本選手権で4連覇。

●2022年
北京オリンピックに出場フィギュアスケート団体戦で銅メダル獲得。

●2023年
卵子凍結
12月の全日本選手権で優勝

●小松原 美里(こまつばら みさと)さん Profile

1992年、岡山県生まれ。10代の頃からフィギュアスケート選手(アイスダンス)として活躍。2014-15シーズンからはイタリア代表として国際大会に出場。2016-17シーズンからは日本に所属を戻してアメリカ人のティム・コレトさんとカップルを結成し、わずか3年で全日本選手権優勝を果たす。2022年の北京オリンピックでは団体戦で銅メダルを獲得。
プライベートでは2017年にティムさんと結婚。2020年にはティムさんが日本国籍を取得し、日本名「小松原 尊(たける)」となった。

44歳で第一子を出産した、フリーアナウンサーの宮崎宣子さん。不妊治療は夫が背中を押してくれたのがきっかけ。治療中は終わりの見えないマラソンのようだった

●撮影/Hananojyo
●構成・文/本木頼子
●デザイン/池田和子(胡桃ヶ谷デザイン室)

※記事掲載の内容は2024年2月25日現在のものです。以降変更されることもありますので、ご了承ください。

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