『アイアンクロー』ショーン・ダーキン監督 試合ごとに撮影方法を変えたプロレスシーン【Director’s Interview Vol.396】

ある一定の年齢以上になると、「アイアンクロー(鉄の爪)」という言葉をご存知の方は多いのではないだろうか。かく言う私はマンガ「キン肉マン」でこの言葉を知った。「アイアンクロー」とは、アメリカのプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックの必殺技なのだ。本作『アイアンクロー』はこのフリッツを父に持つ一家の物語。実話を元にしているにも関わらず、一家の数奇な運命には驚かざるを得ない。「呪われた一家」とも言われたフォン・エリック家の物語を、監督・脚本のショーン・ダーキンは如何にして映画化したのか。話を伺った。

『アイアンクロー』あらすじ

1980年初頭、プロレス界に歴史を刻んだ“鉄の爪”フォン・エリック家。父フリッツ(ホルト・マッキャラニー)は元AWA世界ヘビー級王者。そんな父親に育てられた息子の次男ケビン(ザック・エフロン)、三男デビッド(ハリス・ディキンソン)、四男ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)、五男マイク(スタンリー・シモンズ)ら兄弟は、父の教えに従いレスラーとしてデビュー、“プロレス界の頂点”を目指す。しかし、デビッドが日本でのプロレスツアー中に急死する。さらにフォン・エリック家はここから悲劇に見舞われる。すでに幼い頃に長男ジャックJr.を亡くしており、いつしか「呪われた一家」と呼ばれるようになったその真実と、ケビンの数奇な運命とは――。

兄弟の仲間意識に惹かれた


Q:実在の人物を映画として描く体験はいかがでしたか。

ダーキン:実在の人物がまだ存命中の物語を映画化することは特殊なチャレンジでした。事実をどこまで描くのか、事実からどこまで乖離して良いのか、そこは難しかったですね。実際の人物がいるとはいえ映画のキャラクターは別物だし、物語としては本質の部分は保持しなければいけない。私は実際の出来事のほとんどを描きたかったので、一番苦労したのは“何を入れないか”という選択でした。

また、一人のファンとしてフォン・エリック家をリスペクトしているので、その気持ち自体も重圧になりました。脚本を書いている間はあえてケビンさんには会いませんでした。実際に会って話をしたのは、撮影準備の数ヶ月前です。リスペクトの気持ちが強いので、距離感も必要だと考えていたんです。

Q:監督は子供の頃からプロレスが好きでフォン・エリック家のこともご存知だったようですが、映画で描かれるような兄弟たちの運命や家族関係はいつ知ったのでしょうか。

ダーキン:子供の頃から知っていました。当時、ケリー死亡のニュースを聞いた時も、既にほかの兄弟も亡くなっていることは知っていました。ただ、インターネットもない時代のことなので、はっきりとした詳細まで認識していたわけではありません。フィルムメイカーとしてこの物語に改めて触れた際に、彼らを苦しめた呪いのレベルの大きさを初めて理解しました。

『アイアンクロー』© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

Q:その兄弟の話を映画の軸にしようと決めた理由を教えてください。

ダーキン:フィルムメイカーとしてはすごくパーソナルなものに惹かれます。今回は兄弟の仲間意識に惹かれました。実話の事実を知ったとしても、気持ちの部分まではわからない。そこは映画化の際に足していく必要がある。私は兄弟が多くなかったので、自分と友人たちの関係を参考に脚本を肉付けしていきました。この映画で描いた仲間意識の部分には、自分自身の思いも入っているんです。

試合ごとに変えた撮影方法


Q:仲の良い兄弟、子供たちを愛する父親、スポーツに打ち込み成長していく姿など、一見輝かしく見える人生の裏側に生じる“ひずみ”がとても丁寧に描かれていました。脚本を作る際に気をつけたことはありますか?

ダーキン:明るい面もダークな面も常に両方見せ、複雑な部分を捉えることを目指しました。たとえダークな面を見せたとしても、それをジャッジするような描き方はしていません。どんな家族でも色んな面を持っていて、家族のために良かれと思ってやっていることが、必ずしも良い結果に繋がるわけではない。父親のフリッツは「子供たちをレスラーにすることで彼らが救われる」と盲目的に信じ、子供たちをリングにあげて戦わせましたが、それが逆の結果となってしまった。母親も、父親を支えることが子供たちにとってベストだと信じていましたが、子供たちにとっては決してそうではなかった。そういった複雑な部分を見せたいと思いました。

『アイアンクロー』© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

Q:プロレスシーンはあえて抑制の効いた描き方をされていたと思いますが、監督自身プロレスファンということで、もっと描きたいといった葛藤はありましたか?

ダーキン:もちろんです(笑)。「もっと試合を見たい!」というファン心理もあったのですが、それぞれの試合が持つ最も強い感情の部分を選び出し、それに集中しようと最初から決めていました。それぞれの試合の感情の違いを見せるために、撮影方法も都度変えたくらいです。この映画で描くべき試合は慎重に見極めました。

また今回は、キャストの皆さんがトレーニングを積んでくれたおかげで、ほとんどスタント無しでプロレスシーンを撮ることが出来ました。試合シーンは頭から終わりまでほぼ一発で撮っていますね。

監督人生、きっかけは『シャイニング』


Q:ケビンをはじめとする子供たちは、家父長制(父親)に対して反発するのではなく、ごく当たり前にそれを受け入れつつも、時間と共にそれに苦しめられていきます。その原因に気づくこと自体にも時間がかかっているようでした。

ダーキン:あるシステムの中に生まれ、そのシステムを一旦信じてしまうと、システムが自分に危害を加えていたとしてもなかなか気づかない。そのシステムが「家族」だった場合は尚更です。例えば18歳まで家族と過ごして、外の世界に出て初めて「自分たちの生活は普通ではなかったのかも」と、問いが生まれることがありますが、プロレス漬けの日々を送るケビンたちは、そういった問いすら頭に浮かばなかった。彼らにとっての“気づき”は、より届きにくいものだったのかもしれません。

彼らだけに限らず、時間がかかる人は他にもいるし、最後まで気づかない人もいます。一旦何かを信じてしまったら、そのマインドを変えることは難しい。実際にそれがネガティブなことだと分かっていても、変えること自体に恐怖を覚えている場合もある。それまでのやり方に慣れてしまっているからこそ、変えられないこともある。マインドを変えることは、とても時間が掛かるものなのです。

『アイアンクロー』© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

Q:この映画を作る際に『レイジング・ブル』(80)や『ディアハンター』(78)を参考にしたとコメントされていますが、監督自身が影響を受けた映画や監督を教えてください。

ダーキン:アラン・J・パクラ監督の『コールガール』(71)、『パララックス・ビュー』(74)、『大統領の陰謀』(76)といった、カメラマンのゴードン・ウィルスとのコラボレーション作品に、ビジュアル的に大きな影響を受けました。妄想や心理を非常にデリケートに、センシティブに扱っているところも比類なきものを感じます。また、全般的に70年代のアメリカ映画には影響を受けています。他にも、アルトマン、ハネケ、アントニーニやヒッチコックも好きですね。

もし1本だけと言われたら『シャイニング』(80)を選びます。13歳のときに観たのですが、この作品で人生が変わったと言ってもいいくらい大好きな作品で、映画における監督の存在や力を初めて理解させてくれた作品です。

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監督/脚本:ショーン・ダーキン

1981年12月9日生まれ、カナダ出身。2011年『マーサ、あるいはマーシー・メイ』で長編デビューを果たす。同年のサンダンス映画祭コンペティション部門でプレミア上映され、監督賞を受賞。さらに第64回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門、第36回トロント国際映画祭でも上映され、その他数多くの映画賞にノミネート、高い評価を受けた。2作目『不都合な理想の夫婦』(19)は2020年サンダンス映画祭でプレミア上映、翌年の英国インディペンデント映画祭で最優秀英国インディペンデント映画賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞を含む6部門にノミネートされた。以降も監督、脚本家、プロデューサーとして幅広く活躍。リミテッドシリーズ「DEAD RINGERS」(22)の監督・製作を担当し、2023年エミー賞の優秀撮影賞などいくつかの賞にノミネートされた。

取材・文: 香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

『アイアンクロー』

4月5日(金)TOHOシネマズ日比谷ほかロードショー

配給:キノフィルムズ

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