【読書亡羊】トランプとバイデンの意外な共通点 園田耕司『覇権国家アメリカ「対中強硬」の深淵』(朝日新聞出版) その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!

分断のアメリカ、唯一の一致点

「4年ぶり2度目」

そう書くとまるで甲子園出場校の紹介のようだが、ここで言いたいのは米大統領選の対戦カードだ。まだ予備選の段階ではあるが、どうやら2024年の選挙もトランプVSバイデンという構図になりそうだ。

4年前の選挙では、荒唐無稽な「不正選挙」陰謀論が日本にも上陸。アメリカでは議会が襲撃されるという驚愕の事件まで起きた。

当時の両者の評を思い出してみると、「対中強硬策で実績を出したトランプと、媚中が疑われるバイデン」というものも少なくなかった。

確かにトランプ政権は米中間の関税戦争、米中新冷戦の火ぶたを切った。一方のバイデンは副大統領を務めていたオバマ政権が前半は「関与政策」、つまり中国を国際社会が受け入れることで民主的な国になると信じ、その変化を促進させようとした。途中で間違いに気づき、対立・抑止に力を入れるようになったものの、トランプ後のバイデン政権がどちらの面を柱とするかは分からなかった。

ところが蓋を開けてみれば、バイデン政権はトランプ政権の対中対立姿勢を踏襲しただけでなく、半導体や人権など、部分的には対立姿勢を強めさえしたのである。就任前のバイデン評には誤りがあったといえるだろう。

全く正反対に見えるトランプとバイデンだが、こと対中政策では一致していることになる。

仮にトランプとバイデン以外の候補が大統領になってもこの流れは大きくは変わらないのではないか。何せ、世の中のあらゆる事象において対立と分断が深まるアメリカ社会において、共和党と民主党が唯一、政策的に一致するのが、この「対中姿勢」なのだ――。

そう解説するのが園田耕司『覇権国家アメリカ「対中強硬」の深淵――米中「新冷戦」構造と高まる台湾リスク』(朝日新聞出版)である。

中国にとってやりづらい相手

筆者の園田氏は朝日新聞の元ワシントン特派員。そう知ると予断をもってしまうかもしれないが、そこはご安心(?)頂きたい。

というか、本書から「(以前の)『朝日新聞的』な匂い」を嗅ぎ取ることはほぼ不可能で、徹頭徹尾、客観的な視点から米中対立と台湾有事を捉え、米中の政策関係者への取材を踏まえて解説している。

例えば第一章では、バイデン大統領が以前の対中融和姿勢をいかに対立姿勢へ転換させたかを解説しているが、ここで冒頭に述べたようなトランプ政権との「一致点」、つまり対中姿勢の共通点を見出しているのはイデオロギー的先入観を排しているからこそであろう。

もちろん、両政権の「表現」は大きく異なる。トランプ政権時のエピソードとして、中国側要人が南シナ海問題で過去にさかのぼって自国の立場を説明しようとした際に、大統領首席戦略官だったスティーブ・バノンが言い放った言葉は次のようなものだ。

「ヘイ、新しい保安官が町にやってきたのだ」
「新しい保安官の名前は、ドナルド・トランプという。我々はこれまでと違うルールでやっていくつもりだ」

当然、バイデン政権のスタッフはこんな言い方はしない。だが、アメリカは民主党政権であってもこれまでの対中姿勢とは違う対応をしているのであり、「新しい保安官がこれまでと違うルール(方針)で(アジア太平洋地域という)シマを取り仕切る」点では同じなのである。

むしろ、中国にとってはトランプのような「マッチョなリーダー」像を打ち出すためや、アメリカ国内の経済的不満の矛先として中国を叩くという分かりやすい手法よりも、人権や国際法の原則と言った面倒な論理で中国を囲い込もうとするバイデンの方が、「やりづらい」のかもしれない。

ずっしりと背負わされる課題

本書からは「過度な中国・米国へのシンパシーの気配」を感じないだけでなく、かつて朝日的論調によく見られた日本の安全保障への備えこそをイデオロギー的にむやみに警戒するという姿勢もない。

非常に硬質な外交・安全保障論であり、台湾有事を警戒し、中国の台頭を危険視してきた『Hanada』の読者が読んでも、違和感を覚える部分はほぼない(どころか読みごたえ充分な)のではないかと思う。

これは園田氏がジョンズ・ホプキンス大学大学院で一年間、国際政治を学びアカデミズム由来の視点を持ちえたからでもあるのかもしれない。が、もちろんそれだけではないだろう。現場を取材していても、やはり感情を排した高度な安全保障・対中外交の議論が行われているからこそ、それを取材して執筆する園田氏の筆致も、こうしたソリッドなものになるのではないか。

ここは「反朝日新聞」的な我々も大いに見習うべきであろう。かつてまだ朝日新聞の「親中派」色が濃く、尖閣沖漁船衝突問題でも中国批判の姿勢がそこまで強くなかった時代を経験している保守派は、当時の名残もあって中国の脅威を伝え、台湾有事に警告を鳴らそうと思えば、どうしても感情的な表現を使いたくなるものだ。結果、「いかに危険かを、広く知ってもらいたい」と思えば思うほど主観的な書きぶりが増えてしまう。

だが、本書はそうした感情的な要素や憶測を排していながら……いやむしろそうであるからこそ、読めば「いかに米中関係を正確に捉え、台湾有事を発生させないよう中国を抑え込むか。そのために日本は何をすべきか」という難題をずっしりと背負うことになる。

本書が扱う現在から過去にさかのぼった米中関係の来歴や、台湾有事の議論、具体的な提言は、大いに参考になるはずだ。

事態は切迫している

情勢の変化は速い。

安倍元総理が「台湾有事は日本有事」と発言して世間を驚かせたのは2021年12月のことだが、それから2年半余りの間に、この表現もすっかり定着した。

2022年8月のペロシ米下院議長の訪台とそれに対抗する中国の軍事演習は「第四次台湾海峡危機」と命名され、園田氏が中国の姿勢を〈(歴史的な被害意識をもとに)歴史的事実を都合よく利用して自らの主張を常に「絶対的正義」と見なす傲慢さとともに、自分たちの手中にした過剰なパワーに酔いしれているかのような高揚感もあり、危うさがつきまとう〉(第7章)と評しているのも見逃せない。

もちろん、「今すぐ台湾有事が現実のものとなる」と言わんばかりの”煽り”は、実体とのズレという点で問題があるが、もはやどういった立場に立ったとしても、中国の脅威(台頭)を無視しては国際社会を語れない事態になっている。翻って考えてみると、もはや米中対立や台湾有事を語る際に”感情的な「煽り」”を用いる必要がないほど、事態は緊迫化しているのだ。

その点、対立も分断も深まる一方で取り付く島もないように思えるアメリカでさえ、「中国の挑戦に対処しなければならない。アメリカは負けることを許されない」という一点では(リベラルと保守で文脈はそれぞれ違っても)共闘している。

登山道は違っても頂上を目指せば会えるように、アメリカ社会は、少なくとも対中政策の方向性は一致している。

では日本はどうなのか。

米中対立という国際政治の大きな枠組みだけでなく、国内の議論のあり方をも考えさせられる1冊で、是非広く読まれ議論の叩き台になってほしいと願うばかりだ。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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