【4月5日付編集日記】触覚

 全盲の文化人類学者、広瀬浩二郎さんは「『お先真っ暗』というのも慣れてみると、そんなに悪いものではありません」と言う。見えないことの不便はあるものの、触らなければ分からない世界や面白さがある

 ▼その意義を伝えようと、貴重な標本やアートなどに触れる企画展に取り組む。気になるのは触れるのに見るだけの大人たち。赤ちゃんの頃は何でも口に入れていたのに―。自作の詩でこう問う。人はどんな景色を見て、何を見落としてきたのだろう(「目に見えない世界を歩く」平凡社新書)

 ▼今週半ば、福島市のソメイヨシノの開花が宣言された。感染防止のため、人と人から検温などの機械類に至るまで「非接触」が強調された新型コロナの5類移行後、初めての花見シーズンである

 ▼もとより桜は人を拒まない。広瀬さんは、目で見られない代わりに桜の匂いを嗅ぎ、花見客の会話に耳を澄ます。そして花やつぼみに触る。全身でめでるから花見より「花愛(はなめ)」と表現した方がしっくりくるそうだ

 ▼目を閉じてそっと桜に触り、見えない世界を感じてみる。そんな楽しみ方を多くの人と共有することが、思い込みや見えない垣根をなくしていくための手当てなのかもしれない。

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