「難病の母が視力を失う前に」13歳少女、1日限りの猿回しショー 憧れのプロと共演

1日限りの舞台を披露した(左から)今村ひまりさん、大田美由紀さんとハル=神戸市北区大沢町、神戸モンキーズ劇場

 幼い頃から猿回しのトレーナーになることを夢見てきた中学生の少女が、神戸モンキーズ劇場(神戸市北区大沢町)でステージに立った。今春引退した憧れのトレーナーが、少女の母親が病気で失明する可能性があることを知り、1日限りのショーを企画。少女は「高校を卒業したら弟子入りして、日本の伝統文化を守っていく」と誓った。(小西隆久)

 大阪府千早赤阪村立中学校2年の今村ひまりさん(13)。神戸市北区に住んでいた2歳のとき、同劇場で初めて猿回しを目にした。「お猿さんになりたい」と目を輝かせていたひまりさんだが、同劇場のトレーナー大田美由紀さん(38)のきびきびした姿に「かっこいい」と憧れを抱くようになった。

 休日には両親や祖父母にせがんで劇場へ。家に帰ると大田さんのせりふ回しをすべて覚え、祖父が作ったサル用の階段を使い、ぬいぐるみでショーを完璧に再現した。ひまりさんは「お猿さんとトレーナーの信頼関係の強さが子供心に響いた」と振り返る。 ### ■本気

 大阪府に転居しても、大田さんの公演情報があれば足を運び続けた。病気の手術で入院した時には、大田さんが送ってくれた、パートナーのハル(メス、9歳)が大きくジャンプする動画に勇気づけられた。

 当初は「子どもの言うことだから」と軽く受け止めていた母親の亜矢さん(38)。小学校の卒業式で「将来の夢は、猿回しのトレーナー」と話すひまりさんに、「本気やな」と感じ、大田さんに相談した。「中学卒業後に弟子入りする」と意気込むひまりさんに、大田さんは「高校を卒業してからおいで」と諭した。 ### ■異変

 昨年3月、亜矢さんの目に異変が起きた。

 約10年前から視力の低下が続いていたが、車の運転にも支障が出るように。3カ所目の眼科医院で「すぐに大きな病院で検査を」と言われ、難病の「網膜色素変性症」と判明した。後発の場合は徐々に見えなくなる症状が多く、医師には「10年のうちに見えなくなる」と告げられた。

 そんな折、ひまりさんがいつか同じ舞台にと夢見ていた大田さんが今春、23年の現役生活から退くことになった。亜矢さんの病気を聞いた大田さんは「お母さんが見えるうちに」と、ひまりさんとのショーを提案。春休みのひまりさんが劇場に通い、ショーの合間に大田さんやハルと稽古を重ねた。 ### ■魔法

 迎えた4月1日の本番。20分間だけ魔法を使えるひまりさんが、引退した大田さんとハルのショーを「もう一度見たい」と願い、魔法で実現する-という物語だ。客席には亜矢さんをはじめ、祖父母や関係者ら約30人が詰めかけた。

 ひまりさんはショーの進行役を務めた。大田さんとハルは、ひまりさんが勇気づけられた大ジャンプを披露。ハルが苦手とする高さ1.8メートルの竹馬も見事、成功させた。

 満場の拍手の中、大田さんやハルと並んで舞台に立ったひまりさんはマイクを握り、「大田さんのように人を感動させ、勇気づけられるトレーナーになります」と宣言。大田さんや亜矢さんの目に涙が浮かんだ。

 大きな夢への第一歩を踏み出したひまりさんと、積み重ねた歩みに一区切りを付けた大田さんとハル。1日限りの舞台を終えた2人と1匹に、たくさんの花束やプレゼントが贈られた。

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