津波被害の漁師町で、地区唯一の鮮魚店が再開「ここの海は最高」 再起誓う70代の夫婦とベテラン漁師 石川・能登町

3月初めから鮮魚店を再開した梶山浩一さん。並ぶ魚はまだ少ないが、「店を開けていたら誰かしら立ち寄ってくれるからね」=3日、石川県能登町松波(撮影・長嶺麻子)

 海に面した石川県能登町の松波地区。能登半島地震の発生から3カ月を経た今も、漁港には傷んだ船がそのまま置かれていた。倒壊した家屋も多い。地区で唯一の鮮魚店「魚正」の梶山浩一さん(76)は「ええもんいっぱいある優雅なとこやってん。魚も自然も」。かつての光景を胸に抱いて、漁師町で再起の一歩を踏み出している。

 元日。地区には推定で高さ3.1メートルの津波が押し寄せた。そのとき、梶山さんが避難しながら聞いたのは「ザーーッ」という大きな音だ。何隻もの漁船が岸壁に打ち上げられ、転覆した船もあった。定置網漁の網も流された。松波だけでない。輪島など半島各地の港が壊滅的な被害を受けた。

 松波には25人ほどの漁師がいるというが、4月に入っても多くが漁を再開できず、魚市場は閉じたまま。港に人けはなく、割れた地面と散らばった漁具が厳しい現実を伝える。

 町で半世紀近く鮮魚店を営んできた梶山さんが、店を開けたのは3月初めのことだ。再開した近くの宇出津地区の市場からサザエやアコウ、イカなどを仕入れ、店頭に並べる。

 以前は刺し身の配送注文が関西などからも入った。地震前と比べると、今は扱う魚の種類は少ない。「今はサヨリがいい時期やけど。悲しいかな、今は並べる魚がない」。でも、ここでずっとやってきた。それに「店が開いてないと、さみしいから。一軒でもね」。

 妻の久子さん(73)と笑顔で客を迎える。最近は、家屋の片付けなどに来たボランティアに能登のおいしい刺し身を食べてもらいたいという住民や、避難所で生活する被災者からの注文も入るようになった。

 店には、仕事を再開した漁師もやって来る。「モーターが壊れてたときは、手こぎで漁に出てたな」という干場義一さん(77)もその一人。記者が訪ねた日は、粘りけのある海藻のアカモクを持ってきた。

 船は2隻あったが、一つは転覆、もう一つは岸壁に打ち上げられた。2月中旬、修理を経て、先頭を切って本格的に漁を再開した。サザエや海藻などをとり、「ここ(松波)のは、味がええから」。地元のベテラン漁師として強い自負がある。

 干場さんのほかにも漁に戻った漁師はいるが、多くは高齢。再起は簡単ではない。地震があり、過疎化はさらに進むかもしれない。「これからはええ時代じゃない…」と、思わずつぶやく梶山さん。ただ「ここの海は最高。人もええ」。これからも海とともに生きていく。(中島摩子)

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