アフリカの異常気象による「最悪のシナリオ」が現実に… 気候変動→資源減少→紛争増加 日本も他人事ではいられない

家畜の死骸を確認する集落の住民ら=2022年2月、ケニア北部マルサビット郡(中野智明氏撮影・共同)

 2023年11月下旬、アフリカ・ケニア東部のトゥーラ近郊。取材のため車で通りがかった私は、赤茶色の濁流を前に立ち往生していた。道路のアスファルトがはぎ取られている。
 あちこちで寸断された道路の端に集まった住民たちが「誰かロープで助けろ!」と大声を上げた。
 彼らが指さす方向を見ると、数百メートル向こうに、水に漬かる車両から逃れて柱にしがみつく運転手の姿がわずかに見えた。
 首都ナイロビから約7時間。車に揺られてきたが、水害の広がるスピードは想像を超えて速かった。「すみませんそっちに行けないので引き返します。道が無くなっていて…」。取材協力者におわびの電話を入れる、ケニア人の同僚の声が聞こえた。
 この場面だけ見れば一地域の大雨被害と思われるかもしれない。しかし、ここから北西に約400キロ、東京―大阪間ほどしか離れていないエリアでは、前年のこの時期は干ばつに見舞われていた。しかも、国連が「過去40年間で最悪」と評したほどのひどさ。ケニア・ソマリア・エチオピアの国境が接する一帯は23年前半まで苦しんだ。
 それが一転して、その年の後半からは水害が多発している。ロイター通信は、ソマリアでは70万人以上が洪水で家を追われたと報じた。
 地球各地で見られる気候変動。アフリカでは近年、異常気象による災害が顕在化。乏しい資源を奪い合って紛争が増えるという「最悪のシナリオ」も危ぐされている。現地では何が起きているのか。(共同通信=菊池太典)

※記者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

豪雨で発生した洪水によって寸断された道路=2023年11月、ケニア東部トゥーラ近郊(中野智明氏撮影・共同)

 ▽ウクライナ侵攻の裏で進む食料危機
 ロシアのウクライナへの全面侵攻開始が世界の目を集めていた2022年2月下旬、ケニア北部マルサビット郡には深刻な食料危機が直撃していた。
 「食べ物がほしい」
 車を走らせると、やせ細った子どもたちが訴えかけてくる。文字通り「不毛の大地」に、衰弱して息絶えた家畜の死骸が散在していた。
 ケニアの「国家干ばつ管理機関」でマルサビットを担当するマモ・イサコさん(29)は恨めしそうに空をにらんだ。
 「最後に雨が降ったのは昨年4月です」
 家畜をはぐくむ緑はうせ、乾いた黄土色の砂地がかなたの山裾まで続いていた。
 同行した栄養士がある集落を訪れ、子どもの栄養状態を検査するために巻き尺で二の腕の太さを調べた。1歳にならないナオミ・サンチルちゃんは重度の栄養不良を表す「赤ラベル」の判定を受けた。ナオミちゃんは7月生まれ。最後の雨が降ってからこの世に誕生し、それからずっと、食料難の環境で生きてきた。
 干ばつでも、地下水をくみ上げたり雨が豊富な遠方から輸送したりして、マルサビットの住民は渇きから逃れていた。だが、飢えは深刻だ。集落の副首長アンドリュー・レマロさん(34)は、食料危機が起きるメカニズムをこう説明する。
 「集落の住民のほとんどは放牧をなりわいとしてきましたが、干ばつで牛やヤギ、ラクダといった家畜の餌となる植物が集落の周辺に生えなくなりました。家畜を避難させるため、集落の男たちはまだ植生がある100キロ以上離れた餌場まで家畜を連れて行ったきり、半年近く戻りません。集落に家畜がいなくなった結果、女性や子どもの栄養源となるミルクや肉が手に入らなくなったのです」

二の腕の細さから重度の栄養不良と判定されたナオミ・サンチルちゃん=2022年2月、ケニア北部マルサビット郡(中野智明氏撮影・共同)

 ▽気温上昇が多様な被害に
 気候変動は、国連によると1800年以降は主に人間活動によって引き起こされた。化石燃料(石炭、石油、ガスなど)の燃焼によって温室効果ガスが発生し、気温が上昇する「地球温暖化」が問題視されている。
 気温上昇によってもたらされる被害は多様だ。国連はまずこう説明する。
 「気温が高い状態が長期化すると、気候のパターンが変化し、通常の自然界のバランスが崩れる」
 その上で、世界的に嵐や干ばつの被害が増えていると指摘する。
 気候変動の影響は日本も含め世界に及ぶが、堤防やかんがい設備といったインフラの乏しいアフリカは異常気象への耐性が弱く、被害がより甚大になることが予想されてきた。
 2023年にはアフリカ各地で大規模な水害が発生。2~3月には、1カ月以上にわたり勢力を保ったサイクロンが南部のマラウイやマダガスカル、モザンビークを直撃。多数の死者が出た。北部リビアでも9月に大規模洪水で約4千人が死亡している。

干ばつ前は草原だったという土地に立ち、窮状を訴えるアンドリュー・レマロさん=2022年2月、ケニア北部マルサビット郡(中野智明氏撮影・共同)

 ▽紛争増加の原因にも…
 気候変動に対して脆弱な国は一般的に貧しく、これまでも食料や水の不足がたびたび問題になってきた。こういった国では気象災害の増加で資源がさらに希少になり、紛争が増加するとの懸念も高まる。
 国際通貨基金(IMF)はアフリカの貧困国を念頭にした予測を公表している。
 「最悪のケースでは2060年までに、一部の国で人口に占める紛争犠牲者の割合が14%増える」
 ケニアでは実際、〝争いの芽〟が生じている。干ばつがあった北部マルサビットを訪れてから約8カ月後の2022年10月。200キロ南下したバファロー・スプリングス国立保護区では、地元の自然保護団体職員らが連日、車の荷台から大量の干し草を下ろし、絶滅危惧種のグレビーシマウマに餌付けしていた。

干し草をまく自然保護団体職員らと、グレビーシマウマ=2022年10月、ケニアのバファロー・スプリングス国立保護区(共同)

 団体の生態学者デービッド・キミチさん(37)によると、細かいしま模様が特徴のこの種は、ケニアを中心に約3千頭が野生で暮らすが、保護区とその周辺では2022年、栄養失調が原因とみられる死骸が10月末までに60以上見つかった。国立保護区がある中部イシオロ郡は、マルサビットより日照りの深刻度は小さかったにもかかわらず、辺り一面、植生が失われている。
 キミチさんがその理由を説明する。「干ばつが深刻な北部の住民が家畜の放牧にやって来たことで、一気に不毛の地になってしまいました」

COP28の会場周辺で、気候変動への対応を訴える人たち=2023年12月、アラブ首長国連邦ドバイ(ロイター=共同)

 ▽「不公平ただせ」、いらだつ途上国
 気候変動対策を話し合う国際会議などでは近年「気候正義」というキーワードをよく聞くようになった。簡単に言い換えると次のようになる。
 「気候変動が進んだのは長期にわたり温室効果ガスを大量排出してきた先進諸国の責任だが、甚大な被害を受けているのは発展途上国だ。この不公平をただそう」
 貧困国が多いアフリカではとりわけ、気候正義を意識したような発言が聞かれる機会が増えた。
 「空っぽな約束だけで傍観してきた」(赤道ギニアのヌゲマ大統領)
 「連帯と信頼を崩す」(タンザニアのサミア大統領)
 アラブ首長国連邦(UAE)ドバイで2023年11~12月に開かれた国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)。首脳級会合ではアフリカ各国首脳から先進国へのいらだちをあらわにする言葉が相次いだ。背景にあるのは、先進国側の姿勢に対する怒り。2020年までに低所得国に、気候変動対策資金を年1千億ドル拠出すると先進国側は約束していたが、守られなかった。

気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)で成果文書が採択され、喜ぶ参加者=2023年12月、ドバイ(条約事務局提供・共同)

 中央アフリカのトゥアデラ大統領は「アフリカは第一の被害者だ」と断言し、先進諸国に対して、アフリカの気象災害に対する補償を求めた。
 COP28で補償は議題にならなかったが、一方で「損失と被害」基金の運営ルールが採択された。この基金は、気候災害に見舞われた途上国に対する復興支援に当てられる。
 気象災害激化という現実を前に、国際社会では気候変動対策について、アフリカ諸国を始めとした途上国の意見をより真剣に聞かなければならないという雰囲気がこれまで以上に強まってきたようだ。
(※登場人物の年齢は取材当時のものです)

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