【コラム・天風録】駅弁の行く先

 列車が駅に滑り込むと窓を開けて「おーい」と大人が叫んだ。ホームに立つ売り子を呼ぶためだった。駅弁やお茶をあちこちで窓から身を乗り出して買い求める。子どもにとっては冷凍みかんを買ってもらうのが楽しみだった▲半世紀前、在来線で祖父母の元へ行った小旅行を思い出したのは、きょうが駅弁の日と聞いたから。竹皮に包んだおにぎり二つとたくあんで5銭―。諸説あるが、1885年7月に宇都宮駅で売られたのが最初という▲それでも駅弁の日には気候のよい旅行シーズンの日が選ばれた。これから桜の見頃を迎える地域もあり、旅日和に違いない。その土地ならではの味覚を頰張れば、旅は一層楽しいものになるだろう。外国人観光客にもぜひ勧めたい▲にぎり飯とたくあんから、名産物を盛った魅力的な食事へと発展してきた。旅行がはばかられたコロナ禍は業界も苦しかったろうが、百貨店などの駅弁フェアは人気だった。地方色と旅情漂う駅弁は特別なものらしい▲日本の文化遺産だという人もいる。あさってから広島駅の駅弁まつりに全国44種類が集う。旅の友でもある駅弁は、この先どこへ向かうのか。思いをはせつつ味わうのも楽しかろう。

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