ボカロと人間の“間”で期待される、AIシンガーという可能性ーー『VX-β 作家ソン』レポート

『ARS presents VX-β 作家ソン(作家×ハッカソン) supported by YAMAHA VOCALOID β STUDIO』が4月6日、7日の2日間にわたって行われた。

音楽クリエイターを中心とした最新テクノロジー研究会であるARSが、ヤマハ株式会社の協力により同社VOCALOID β STUDIOで開発する歌声合成の試作プラグイン「VX-β」の提供を受けて行った音源制作実証実験イベントである「VX-β 作家ソン」。

今回提供された試作プラグインは、シンガーソングライター・Elleyの歌声をベースにした、プロ音楽クリエイター向けのVX-β専用ボイスバンク「L(エル)」。ヤマハ株式会社は、音楽制作を生業とするプロの音楽家に「VX-β」を提供することで、従来の歌声合成の常識を覆すような楽曲が生み出されることを期待しているという。

本イベントには、ARS浅田祐介、山口哲一、ヤマハ株式会社「VOCALOID β STUDIO」担当の才野慶二郎が司会として登壇したほか、田辺恵二、中山翔吾をはじめとした音楽クリエイターらも登場。本稿で紹介するイベント2日目では、クリエイターがチームを組み「L」を用いて作曲した楽曲の発表や、それらを受けたトークディスカッション、ライブパフォーマンスが行われた。

はじめに行われた楽曲発表では、ボーカロイド楽曲にこだわらない形で、クリエイターのアイデアと柔軟な創作方法に対応する「L」のポテンシャルが発揮された。

氏家克典、Shinnosuke、河野直人、中山翔吾(七紙)、Emyn rumboldによるチームは、氏家が制作した童謡「もみじ」のアレンジバージョンを、さらにチームメンバーによってEDM風にアレンジされたものを発表。田辺恵二、加賀爪タッド、KiEEによる発表でも取り入れられていたが、「L」はラップも流暢に歌いこなすことができるという発見に、司会一同も驚いた様子だ。

nao、柿沼まさみ、Maro、Korivaによるチームは、LINE上でやり取りをしながら柔軟なワークフローで作り上げたという楽曲を発表。非常になめらかな歌声が特徴的だ。堀川ひとみ、越川翔、ニッポンコウジによるチームの発表時も話題にあがったが、人間とは異なり何度でも歌え、いくらでも微調整や歌いなおしに対応できる「L」だからこそ作ることのできた楽曲・制作フローだと言える。

ベルメゾン関根、若杉果歩、Hibiya、保本真吾によるチームは、チームにシンガーソングライターである若杉がいることを活かし、「L」と若杉によるデュエット曲を発表。どこで「L」と若杉の歌声が入れ替わったのか、一瞬分からなくなるくらいの自然なデュエットであった。

■シンガーは駆逐されてしまうか AIとヒトの関係について考えたトークセッション

続いてのトークディスカッションでは、浅田祐介、山口哲一、才野慶二郎を中心に、時に会場のクリエイターを巻き込みながらトークを展開。

発表された楽曲を受けて、浅田はバンドマンがデモの段階で自然にドラムマシンを取り入れていることから分かる“人間の耳の寛容性”を挙げ「特徴のある仮歌は残ると思うが、その他の仮歌はAIに変わっていくのではないか」と発言。

「L」などのAIを活用したボイスバンクが及ぼす音楽シーンへの影響については、山口は「オートチューン的な表現も今やひとつの表現として受け入れられていますが、AIによる歌声生成に関しても同じようなことが起こるのでは」と述べた。

才野は「初音ミク以降、シーンに様々な影響が出ていると思います。たとえばボカロP出身の人がメジャーシーンに増えたり、売れている音楽の雰囲気も、人間が歌う曲の雰囲気も変わっていきました。世の中の音楽の雰囲気がツールとともに変わってくる側面はあると思います」とした上で、「AIは従来よりも人間らしい表現ができます。人間的かボカロ的かだったのが、その“間”の部分に新しいものが生まれていくのではないか」と、大きな変化への期待を口にした。

AIが登場することによってシンガーが駆逐されていくのではないかと、AIシンガーを不安視する意見があることに関しては、「逆に、微調整しながらフレッシュに何百回も歌い続けたいの? 誰が歌ってもいいような歌を歌いたいの? あなたしか歌えない歌を歌いたくない? と思いますけどね」と、AIシンガーとの棲み分けを提示する山口。

AIの学習データを明確にし、そのデータを提供した人に適切な還元をすることが大事だという前提の元、AIシンガーを肯定的に受け止める意見で一致した。

更に、今後の可能性について才野は「これまで人間が歌わないものを歌とは認めないというスタンスを取っていた人も、AIシンガーの歌声をそうとは気付かずに聞いて、それをきっかけにAIシンガーの歌を聞くようになるかもしれない。そうして世の中に浸透していく、という可能性を秘めているのではないか」と話す。

浅田は「AIが歌うことによって、これは良い歌詞なのか、良いメロディなのかということが判別がしやすくなるのではないか」と話し、今後の音楽の聞かれ方にも変化があるのではないかとまとめた。

最後は江夏正晃、田辺恵二、浅田祐介、氏家克典それぞれによるライブパフォーマンスも披露された。

リアルタイムで「POWER」などのパラメーターを変化させることで、1回きりしか全く同じ演奏ができないライブとしての演奏を作りあげたり、人間と「L」とのデュエットを披露したりと、従来の音楽制作よりも自由度の高いパフォーマンスを披露。「L」および『VX-β』への今後への期待を高めたところで、イベントは終了した。

(文=村上麗奈)

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