海の砂で絵本を描く作家 最新作『だいじなあなた』に込めた思い 「絵本を通じて感謝のことばを」

劇作家・演出家 平田オリザさんのラジオ番組(ラジオ関西『平田オリザの舞台は但馬』)に、画家・絵本作家のたなかしんさんが出演。画業のみならず、児童文学作家、服飾デザイン、舞台製作など、多岐にわたる活動について語った。

【写真】絵本作家としても活躍する、たなかしんさんが手がける壁画

たなかさんの魅力は、なんといっても、絵の下地に海の砂を使った独特のマチエール(表面に見えている画材の状態)から生み出される幻想的な世界観。

使用する海砂は明石にあるアトリエ近くの海岸で自ら採取するのだが、天候や欲しい質感によって採取場所も変わるそう。採取した海砂は塩を洗い流し、天日に干す。貝殻やサンゴなどの海のエネルギーだけでなく、太陽のぬくもりまでも含んだ砂を下地材と混ぜ、キャンバスに閉じ込めていく。

もともと、マチエールを生かした作品づくりに没頭していたという、たなかさん。当初はジェッソやモデリングペーストをくしで塗る手法をとっていたが、どうしても画一的になるため、「もう少し作者の意図をおさえ自然の力を利用できる方法がないか」と模索していた。

「庭土や、落ち葉を砕いたものを貼ってみたりしていたのですが、なんだか汚らしい(笑)。試行錯誤しているときに、『海に行けば、山から流れてきた岩や落ち葉、海からはサンゴや貝などが流れ着いていて、まるで地球の一部が集まっているんじゃないか』と(思い至った)。そうして海砂にたどり着きました」(たなかさん)

そんなたなかさんは、画家として活動する傍らで2002年ごろから絵本を描きはじめ、2005年に台湾の出版社Grimm Pressから絵本作家としてデビュー。以降、国内外で出版を重ねている。ほかにも、海外での展覧会や舞台美術、広告、服飾デザイン、キャラクター制作、講演、ワークショップなど、多岐にわたり活躍中だ。

「画業は“1枚の絵に思いを込める作業”だったが、『アンジュール:ある犬の物語』(ガブリエルハンサン)という絵本との出会いをきっかけに考えが変わった。『連作することで伝えられるメッセージもあるのではないか』と(考えるようになった)」(たなかさん)

絵本製作は、海外からの反応のほうが大きかった。一方日本では、認知度を上げるために友人とともに小規模の出版社を立ち上げ、自ら営業活動を行っていたこともあるのだとか。

絵本が大手書店の書棚に並ぶようになってからは画業に専念。以降、ユーモラスなキャラクターが躍動する作品や、人生の艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越える大人向けの作品なども手がけ、幅広い世代のファンを獲得している。

3月には、最新刊『だいじなあなた』を上梓した。子どもがこの世に生まれてきてくれたことへの感謝の気持ちや、「生きているだけで幸せだ」という思いを、かわいい動物の親子らを通して伝えるメッセージ絵本だ。

当初は別のタイトルを想定していたが、描いていくうちに「普段なかなか言えない大切なひとへの言葉を、直接、“あなた”に語りかけたほうがより伝わるのではないか」と考え、『だいじなあなた』と名付けた。

最新刊『だいじなあなた』について、たなかさんはこのように語る。

「贈った人も贈られた人も、とにかく幸せになってほしいという願いを込めて作りました。出版社に無理を言って、表紙に金の箔押しを施したり、やわらかな手触りの紙を使用したり、装丁にもこだわりました。来年、絵本作家となって20周年を迎えるのですが、これまでの経験を全部込めた、“だいじなあなた”に贈る1冊を作りたかった」(たなかさん)

たなかさんの思いに触れた平田さんは、「この春、息子が小学1年生になったんです。それにともなって寝室が別になったのですが、本人よりも妻のほうがむしろ心配で……。(息子と)ずっと一緒に寝ていたので(笑)。そんな、子育ての節目にいる親子に手に取っていただきたいですね」と話し、父親としての顔ものぞかせた。

画家としても精力的に活動中のたなかさんは、2018年、フィンランド国交樹立100周年記念事業において展覧会を実施した。フィンランド人作家のアトリエで滞在制作をしながらのコラボレーションは好評を博し、翌年にも招待を受け、画家の白水麻耶子さんとともに壁画を制作した。ヘルシンキにあるビーチの砂を使用した壁画は、いまも現地のビストロで食事をしながら鑑賞することができる。

2020年には、児童書『一富士茄子牛焦げルギー』で第53回日本児童文学者新人賞を受賞。作品は実力派俳優によって舞台化され、こちらも好評だ。

国内外で活躍の場を広げるたなかさん。今後については、「自分の作品をアニメ化、映画化していただきたいなとも思っています。自分ひとりではできないことも増えてくると思うので、これからはたくさんの方にご協力いただきながら、世界を広げていきたい」と笑顔で語った。

※ラジオ関西『平田オリザの舞台は但馬』2024年4月11日放送回より

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