物流業界から参戦、ラグビー界の風雲児になるか 創部10年あまりの無名軍団が狙うリーグワン参入

「AZ-COM丸和MOMOTARO’S」の(左から)伊藤HC、細谷GM、和佐見社長、木津プレーイングコーチ【写真:吉田宏】

全国区では無名の社会人チーム「AZ-COM丸和MOMOTARO’S」が描く“丸和ビジョン”とは

全国区では無名の社会人ラグビーチーム「AZ-COM丸和MOMOTARO’S」が強化に大きく舵を切った。目指すのはリーグワン参入。2024年シーズンに同リーグ直下の「トップイーストAグループ」に昇格するチームには、NEC(現NECグリーンロケッツ東葛)、明治大学、日野レッドドルフィンズで強化・運営に尽力してきた細谷直GM(ゼネラルマネジャー)兼監督が就任した。創部10年あまりでリーグワン参入目前の位置まで進化してきたチームの現実をどう考え、どんな未来図を思い描くのか。同GMの悲願でもあるスタジアム構想も含めた“丸和ビジョン”を聞いた。(取材・文=吉田 宏)

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物流業界の風雲児はラグビー界でも風雲児になるのか。

従来の企業チームとすこし違う匂いがする――こんな印象を感じるのが丸和だ。ラグビーの世界にはあまり土壌がない物流業界からの本格参戦となるチームは、2013年に創部したばかり。わずか10年あまりで、リーグワンに次ぐステージに位置するトップイーストA昇格を果たした。次に目指すものは、リーグワン参入しか残されていない。3月7日の新体制発表会見では「トップイーストAで優勝争い」を目標に掲げた細谷GMだったが、単独インタビューでは挑戦の思いをこう語っている。

「任期は当面3年で一つの区切りです。そこでトップイーストAをどう突破していくか。ご存知のようにリーグワンは昇格じゃなく参入ですから。その条件は、事業運営も含めた評価になると考えています。当然チームを強くするのと同時に、リーグワンに上がっても大丈夫な運営体制の整備を、これから構築していかないといけない」

リーグワンの参入条件を簡単に説明しておこう。2022年シーズンに発足した新リーグは、将来のプロ化を踏まえて、企業チームに従来以上の事業化を求めている。そのため実力と同時に、ホストスタジアムでの公式戦開催や入場料収入、アカデミー組織の設置など、よりプロチームに近い運営形態を参入条件として求めている。日野の監督としてリーグワン経験を持つ細谷GMからみれば、急速に勝ち上がってきた丸和が、トップイーストA昇格1シーズン目で実力、運営の両面で課題山積なのは明らかだ。

「選手強化という面では、現時点では全員が社員選手です。そこに、主力になる外国人選手、プロ選手の契約も考えていくことになるでしょう。この先リーグワンがシーズンオフに向かう中で、おそらく選手の流動があるはずです。就任会見の影響もあり、丸和の話を聞きたいという現役選手もでてくると思います。リーグワン、スーパーラグビー、国代表の経験者と現在のメンバーの融合で化学反応を起こせればいい」

会見直後にはニュージーランドに渡り、日野時代から親交があるスーパーラグビーの強豪クルセイダーズなどを視察したが、もちろん外国人選手の獲得も視野に入れている。このGMをチームに招いたのが、持株会社のAZ-COM丸和ホールディングスを率いる和佐見勝社長だ。チームを立ち上げ、強化を押し進めてきた。ビジネス面では、一代で丸和を有数の物流会社へ成長させた人物だ。ラグビーチームを保有する多くの企業は、ラグビー経験者の上層部らの尽力、理解でチームが誕生、運営されているが、和佐見社長はラグビー経験者ではない。同席した新体制会見でも、チーム強化の価値をこう語っている。

「私たちの業界には2024年問題というものがある。ここでは、やはり魅力のある企業が必要だし、企業経営以上の魅力のある何かを作り上げていかないといけないと考えています。ラグビーは、確かにサッカーに比べると人口も少ない。けれども、ラグビーの人たちは熱いものを持っている。私のように経営をしていると、そういう人たちが歓迎されるのです。私もトラック1台から始めました。乗ったこともなかったが、事業をやるには乗らなければという思いで乗りましたよ」

選手とゲームが醸し出す熱さに、事業にも共通するものを見出し、ゼロからのスタートを厭わない開拓精神が、この新興チームを生み出した。2022年にはチームと東京大学の異例の連携を締結して、同大の柏キャンパスの施設を練習場としたが、その発想がユニークだ。

「東大との連携には28億円くらいのお金が必要だった。でも、会社というのは難しくて、上場しているとそう簡単にお金を動かせない。なので、わかりました個人でやりましょうと。個人でやるぶんにはいくらでもできるからね」

巨額の自費を投げ打ってパートナーシップを結ぶほどラグビー部に情熱を注いでいる。このオーナー社長が、細谷GMに白羽の矢を立てたのは、会社内外の関係者などへのリサーチからだと聞いたが、現在このチームの置かれた位置を考えると、この人選は興味深い。

単独インタビューで“丸和ビジョン”を語る細谷GM【写真:吉田宏】

細谷GMが膨らませるホームスタジアム構想

細谷GMのラグビー界での業績を挙げるなら、NECグリーンロケッツ時代に遡る。当時の国内最強リーグ「トップリーグ」では、大半のチームが社内で置かれた位置は、旧来の企業スポーツ、つまり福利厚生の一環だった。そんなチームで、総務として選手のラグビーでの成果を業務評価に結び付けるように本社サイドに働きかけ、「アスリート手当」という名目で業績に反映させた草分け的な存在が細谷だった。この尽力により、国内ラグビー界に、いまなら当たり前の選手への報酬が広がることになった。

2002、04年シーズンには日本選手権を制覇したNECが、その後低迷期に入るなどグラウンド上での手腕への賛否の声があるのも事実だ。日野時代には、強化合宿での複数選手による飲食店でのトラブルも起きている。だが、低迷が続いていた明治大学ラグビー部の強化にもヘッドコーチとして携わり、下部リーグで苦闘していた日野をトップリーグに昇格させるなど、若いチーム、上のステージを目指すチームの実力を押し上げる段階で、コーチ、マネジメントスタッフとして手腕を発揮した実績を持つ。

新天地の丸和に目を向けると、まだまだクラブレベルだったチームが、ようやく地域リーグから全国区を目指すという進化段階だ。細谷GM自身「いまのチームの現状でいうとリーグワンは程遠い」と断言する。

「(社内で)聞いてみると、リーグワンに上がるための理解やリソースも揃っていない状況でした。でも和佐見社長とお会いした時に、明確に(リーグワン)ディビジョン1に行きたい、そのためにどうしたらいいか協力して欲しいと言われたんです。私の経歴を見て、下から上へ上がっていくプロセスを知っている人間に頼みたいという思いが伝わったのでお受けしたんです」

このチームが細谷GM自身の経験値、手腕が生かせる場所だという認識は強い。就任に伴い右腕として同じ明大OBの伊藤宏明にヘッドコーチ(HC)を任せ、プレーイングコーチとして元日本代表HO木津武士も現役復帰する。共に日野時代の仲間でもある。昨季まで6シーズン、明大BKコーチ、HCを務めた伊藤HCの力を借りながら、GMとしてチーム運営や会社側の理解を深め、どう協力を仰ぎ、予算を引き出すかというマネジメントのエリアに力を注ぐことになる。オーナー社長の号令で強化を進めてきた新興チームを、選手の雇用や環境整備など運営面で、より組織的にオーガナイズ出来るかという挑戦が始まっている。

国内有数の強豪チームへ進化したNEC、学生屈指の名門・明治大、伝統はあるものの低迷から脱却しようとしていた日野と、様々な背景を持つチームに携わってきた細谷GMには、新天地でもう1つ野心的な願望がある。

「日野の時も中期計画を会社首脳に出していた。どうトップリーグに昇格して、上位に定着するかというロードマップです。5年間を、こういう計画で、この時期にはこういうレベルの選手を入れて、こんな運営をしていくというものだった。丸和でも同じようなチーム作りをしながら、日野で成し得なかった本拠地問題を現実にどう結び付けていくかがロードマップなのかなと思っています」

新体制会見では明言はなかったが、ホームスタジアムの確保はリーグワン参入の大きな条件だ。そして、この新GMには、参入チームに原則的に求められる1万5000人以上の収容力を持つスタジアムを、自前で確保したいという強い思い入れがある。日野時代は、母体企業である日野自動車の本社工場(東京・日野市)移転に伴い、創業地の再開発計画が浮上していた。本社上層部は、自社開発の自動運転などのテクノロジーによる最新インフラを導入したスマートシティーの建設構想を打ち出していた。そこに監督だった細谷らが、コミュニティーのシンボルであり中枢としてラグビースタジアムの建設を提案していたのだ。

選手の不祥事や本社の経営難などもあり、スタジアム構想は企画段階に止まったが、独自のスタジアムへの思いは新天地でも変わらない。和佐見社長はじめ丸和運輸首脳陣とは踏み込んだ話はしていないという。建設候補地も決まっていないのが現状だが、新GMが温めている夢は着実に膨らんでいる。

「NEC時代からホームスタジアムの構想は待っていた。リーグワンになって、スタジアムの保有はより現実的になっていますよね。しかし、和佐見社長がどう考えるのか、土地をどう確保するかと課題は山積です。ただ、丸和運輸機関という企業は物流の自動化などの最先端の事業にも取り組んでいる。企業としてのナレッジが、スタジアムにも生かせるんじゃないか。防災拠点として役立てるなど、地域に必要なスタジアムが作れるといい。ラグビーだけなら、1シーズンでたかだか10試合です。費用回収することはできない。でも、防災なども含めた多目的スタジアムは日本には少ない。そういうレガシーになるものであれば、スポーツ以外での拠点という役割も含めた収益性は担保できるんじゃないかと思います。全く異なるものになりますが、日野でのスタジアム構想からヒントもあると考えています」

チーム強化と同時に、自費を投じてもチームを応援するオーナー、そして本社上層部からどこまで理解を得ることが出来るかというチャレンジになる。

昨季唯一の秩父宮での明治安田生命戦に競り勝ち大応援団に挨拶するモモタローズ選手たち【写真:AZ-COM丸和MOMOTARO’S提供】

企業スポーツについてGMの持論は「経営資源」

そして、スタジアム構想の前に直近の大きな課題と考えているのが職場環境の整備だ。これまでに携わってきたチームと大きく異なる特色が、このチームにはある。

「このチームは、毎年多くの選手が退部して、多くの選手が入ってくる。チーム作りが、そういう繰り返しなんですね。これは、やはりチームの文化もできないし、チーム力を上げていくのも困難です。一番変えなきゃいけないのはそこなんです」

2023年シーズン後の退団選手は18人。今季の新人はまだ正式発表されていないが、23年シーズン前は11人が加わり、14人がチームを離れている。ここには物流業界特有の風土もあるという。

「業界の問題だから、そこはよそ者として発言できるものじゃないと思っています。でも、社内の方から聞くと、物流業界は出入りが激しいという。多くの社員が数年で会社を辞めてしまう。そういう連鎖がラグビー部員にもあるというのは、選手との1対1のミーティングでも聞いています。そんな中で、和佐見社長は定職率を高めたいと思っています。一般的にラグビー選手というのは7年、8年とか10年以上プレーしながら働き、引退後も経験を生かしながら仕事をしている社員も多い。なので、もし私たちのチームで定職率を高めていけることができれば、社内で1つのモデルを提示できるのではないかとも思うんです」

日本人選手が全員社員という状況で、チームのGMが給与体系に踏み込むのは難しいが、その中で、どう選手をサポートし、魅力のある職場、プレー環境を整えることが出来るかが勝負だろう。NEC時代に選手の待遇を変え、日野の強化環境を整備した経験も役立つはずだ。

「実際のチームの活動は、仕事を終えて夕方から夜遅くまで練習がある。職場から柏のグラウンドまで移動に時間がかかる選手もいます。でも、それは給与に反映されていない。一般の社員は、それが残業になっている。物流業界の給与をみると、残業代が大きなウェートを持つ傾向もある。そこに2024年問題もあるので、収入面での課題もある。ラグビーをやると収入が上がらない、残業ができないという問題はあるだろうと思っています」

社員選手の環境を整えるのと同時に、チームは海外選手も含めて、新シーズンへ向けた移籍市場にも挑戦していくことになるだろう。プロ化について細谷GMは独自の視点、価値観で捉えている。

「私自身は、選手がプロ契約するのばかりがプロではないと思っています。事業がプロとして、会社から運営費をもらって運営していくことが重要になる。そのためには、どうチームの価値を高めることで、会社を高めてくれるのかだと思います。そこに、もし賛同してくれる他の企業が出てくれば、まさしくプロ経営になるはずです。選手はプロでも社員選手でもいい。プロ運営を目指していくことが一番重要なのかなと思います」

細谷GMは、企業スポーツというフィールドでチーム強化・運営に携わる中で、こんな持論を持ち続けている。

「企業スポーツでのラグビーは、単なるラグビー部じゃない。経営資源です。会社の中での唯一無二とういうか、他ではできない事業貢献する一つの形にラグビーを持っていきたい。ラグビーを経営資源に生まれ変わらせるんです。そうなった時にラグビーを仕事として認めてもらうところまで持っていけると思っています」

ラグビーの「勝ち」と同時に「価値」を問い続けてきた細谷GMが、どこまで“丸和ビジョン”を描き上げ、推進できるかは、和佐見社長の理解と熱意が不可欠だ。今回のコラムは新GMの単独インタビューをベースにしたが、機会があれば、あらためて“オーナー“のチームへの思い、ご自身が描く未来図も聞いていきたい。実力、運営力含めてまだ若いチームを、これから先のステージへ成長させるために不可欠なパズルの重要なピースが、そこにある。

■AZ-COM丸和MOMOTARO’S 2013年に丸和運輸機関ラグビー部として創部。17年度に関東社会人リーグ1部入りして、同年トップイースト・ディビジョン2に昇格。21年にトップイーストC全勝優勝。22年にイーストBで優勝、23年シーズンは同2位で入替戦に挑み、横河武蔵野アトラスターズを倒してイーストA昇格を果たす。

■細谷 直(ほそや・ただし)1964年10月12日生まれ。東京都出身。明大中野高―明治大―NEC。92年で現役を引退して、96年より採用、分析担当。2000年NECチームディレクターに就任して02年度に日本選手権初制覇。07-10年監督兼GM。10-13年明治大ヘッドコーチ。14年に日野レッドドルフィンズコーチ、14年に監督兼GM。17年にトップリーグ昇格、20年7月退任。24年シーズンから現職。

吉田 宏 / Hiroshi Yoshida

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