長髪は反抗と男女平等の象徴だった…昭和歌謡、昭和ポップスから感じるジェンダー意識の変化

現代では男性の長髪はよく見られますが……(写真はイメージです)

1960年代、日本の若者の間には空前の長髪ブームが到来しました。長髪ブームが日本にもたらした変化とは? 当時の昭和歌謡、昭和ポップスを通してわかる若者の意識の変化について、シンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が、考察を交えながらラジオ番組で語り合いました。

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※ラジオ関西『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』2024年4月12日放送回より

【中将タカノリ(以下「中将」)】 今回は昭和の”ロン毛ソング”について考えていきたいと思います。

【橋本菜津美(以下「橋本」)】 ”ロン毛ソング”(笑)。最近では男性のロン毛は普通ですが、当時はどう受け止められていたんですか?

【中将】 1960年代半ばまで男性は短髪が当たり前。当時のスター、石原裕次郎さんにしても加山雄三さんにしてもみんな短髪。長髪なんて不潔で気持ち悪い、男らしくない、あり得ないという風潮でした。その意識が大きく変わったのがザ・ビートルズの登場。

【橋本】 たしかにみなさん長髪のイメージです! 前髪もあったりしますよね。

【中将】 長髪と言ってもマッシュルームカットですが、1965年頃に日本でビートルズブームが起こると、それまで床屋さんに通っていた男性たちが、こぞって美容院に通い出しました。そんな世代を象徴する一曲が、ザ・スパイダースの『フリフリ』(1965)です。

【橋本】 「俺の自慢のロング・ヘヤー」というフレーズがありましたね。

【中将】 男性が自身の長髪について歌った初めての曲かもしれません。作詞、作曲を手がけたかまやつひろしさんは当時、ビートルズやローリングストーンズなど、イギリスから広がりはじめた新しいロックカルチャーのとりこになり、スパイダースのファッション面をリードする存在でした。

【橋本】 これで一気に長髪ブームが広まったんですか?

【中将】 この時点ではまだまだ一部のものでしたが、ファッション意識の高い人たちの間で徐々に浸透していくんですね。そして1967年、沢田研二さんらザ・タイガースの登場で一気に市民権を得ました。当時のザ・タイガースの名曲が、『君だけに愛を』(1968)。

【橋本】 たしかに沢田さんと言えば長髪のイメージです! デビュー当時は王子様っぽいですね。

【中将】 はい、沢田さんが当時の少女たちから爆発的な支持を受けたことで、これまで一部のファッショニスタのものだった長髪が、アイドル的なイメージをまとっていきますよね。

【橋本】 これで完全に長髪が社会に受け入れられたんでしょうか?

【中将】 お母さんは許すけどお父さんは許さない、くらいの感じでしょうか(笑)。中学、高校ではまだまだ丸刈り校則のあったような時代ですから、軍国主義みたいな文化と新しい自由主義みたいな文化がぶつかりあっていたんです。

さらに1967年頃からはフーテン族、ヒッピー族と呼ばれる若者たちが、長髪に奇抜な衣装で路上に寝転がったり、いけないこと……今のトー横キッズみたいなことをし始めました。フーテンは無思想、ヒッピーは思想があるので一緒にしてはいけないという人もいますが、ともあれ、これらは渾然一体になって、1970年前後のフォークブームのファッションや世界的な平和運動、反戦運動に結びついていきます。

【橋本】 海外から一気に新しい文化や思想が流れ込んできたという感じですね! そしてその象徴が長髪だったと。

【中将】 はい、個人的に大きな変化だと思うのは、これによって若者の間に「男女平等」の感覚が芽生えたことです。次に紹介するのは、そんな新時代の風潮を代表する1曲。吉田拓郎さんで『結婚しようよ』(1972)。「僕の髪が肩までのびて 君と同じになったら (中略) 結婚しようよ」というフレーズが、当時では大きなインパクトがあったようです。

【橋本】 個人的には「今すぐ結婚してや!」と思っちゃいますが(笑)。この曲は当時、どのように受け止められたのでしょうか?

【中将】 男性が長髪にするばかりでなく、それを結婚のタイミングにもってくるというのが新しかったんだと思います。男や女という封建的な感覚にとらわれない拓郎さんのセンスが支持されたんですね。

でもちょっと脱線しますが、当時の若者……今80歳前後の人たちの間で芽生えた男女平等の意識がどれだけ真に平等だったかは疑問の残るところです。1970年代以降も少しマシになったとはいえ、セクハラやパワハラって残っているわけですし。

【橋本】 当時の若者が感じた「平等」と現代の「平等」では大きな違いがあるのかもしれませんね。

【中将】 始まった変化が本当の意味で普及するまでには長い年月がかかるということですね。

さて、次に紹介する曲が、番組内での最後のロン毛ソングになります。バンバンで『いちご白書をもう一度』(1975)。これもフォークの流れにある曲ですが、「就職が決まって髪を切ってきた時」というフレーズが当時の若者の敗北感、挫折感を物語っていますね。

【橋本】 髪を切ることが青春の終わりのようで、なんだか切ないですね……。

【中将】 ヒッピーや学生運動も過去のものになり、現実社会に直面した若者の心境がよく描かれていますよね。その後、1980年代になると男性の長髪は「時代遅れ」のファッションになり、一時廃れます。ですがその後、ファッションの多様化により今ではごく一般的なものになっていますね。

【橋本】 そうですね。でも、もしかすると今、放送を聞いている人たちの中にも就職で髪を切ったり黒染めしたばかりの人がいるかもしれません。日本の社会も、もう少しそういった部分に寛容になってほしいですよね。

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