【コラム・天風録】賭博癖を「医する」

 文豪のドストエフスキーは大の賭け事好きで、「賭博者」なる小説は半ば自伝と聞く。約60年前に作家埴谷雄高(はにやゆたか)が書いた評伝にも、こんな一節が見える。〈…医(い)しがたい賭博癖や浪費癖がありました〉▲手元の辞書を引くと、【医する】は古風な表現で〈病気・傷や渇きを治す〉意味である。依存症という見方を知らぬ時代の言葉。喉が渇くような欲望を抑えきれず、溺れるがごとく手を伸ばしてしまう。「医しがたい」ギャンブル地獄の釜がのぞく▲その底なしぶりを見せつける、こちらは実話である。大谷翔平選手の元通訳が闇賭博に手を染め、大谷選手の口座から日本円にして24億円余りを勝手に送金していた。1回で2450万円ものカネを賭けたこともあるという▲祭り屋台のくじ引きだけでこりごりした身には、とても同じ世界の話に聞こえない。ギャンブル地獄に落ち、100億円を超す大金をつぎ込んだ大王製紙元会長の言葉を借りれば、カネは「熔(と)ける」感覚だったらしい▲元通訳は、とうとう水原一平容疑者と呼ばれる身になった。いつから、なぜ、こうなったのか。包み隠さず語る。ギャンブル依存症ならば、「医する」道はそこから始まる気がする。

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