「母親に対して、とにかく厳しい」SNSの風潮 真船佳奈さんが子育て漫画で“弱音”を発信する理由とは

テレビ東京で働きながら漫画家としても活躍中の真船佳奈さん【写真提供:テレビ東京】

多くの共感を呼ぶエッセイ漫画。とくに妊娠・出産・育児は、自分と重なることや参考になる面もあり、人気の高いカテゴリーです。テレビ東京で働きながら漫画家としても活躍する真船佳奈さんも、自身の経験を書籍やSNSで発表し、たくさんの読者から反響を呼んでいます。漫画家として、仕事や育児との両立について聞いた前編に続き、実体験を作品として発表することへの思いについて、お聞きしました。

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「育児漫画を描き始めてから、コメントの質がガラリと変わった」

過去には、バラエティや音楽番組のアシスタントディレクター(AD)をしながら漫画を描いていた真船さん。デビュー作のコミックエッセイ「オンエアできない!~女ADまふねこ、テレビ番組作ってます~」(朝日新聞出版刊)には、画面に決して映らないテレビの裏側などが描かれています。

制作局ADの体験を描いた実録コミックエッセイはアニメ化もされた【画像提供:真船佳奈】

当時は“知らない異質な世界で働いている人の漫画”といった見方で、「嫌なことあったけど、この漫画を読んで超笑って元気が出た」などの声に、「描いて良かった」と励まされることがたくさんあったそうです。

そして現在、日常を描き続ける真船さんのテーマは自然と、子育てが中心に。最新刊「令和妊婦、孤高のさけび!頼りになるのはスマホだけ?!」(オーバーラップ刊。以下、「たよスマ」)には、妊娠、つわり、出産、授乳の悩みなど、自らの体験を描いています。そうしてテーマが変化するなかで、読者層やその反響も変わりました。

「育児漫画を描き始めてから、コメントの質がガラリと変わったと感じます。『代弁してくれてありがとう』『私が言語化したかったけど、できなかったことです』といった声が多く、とても長いメッセージをいただくことも増えましたね。仕事をテーマにしていたときも、『元気になりました!』という声に喜びを感じていましたけど、今は自分の体験や感じたことを描くのは、意味のあることなんだ……と思えるようになったのが、大きな変化です」

大好きな夫と気持ちがすれ違ってしまった時期も【画像提供:真船佳奈】

子育て女性だけでなく、男性にも読んで欲しいと考えた「たよスマ」

妊娠から息子さんの生後6か月頃までの軌跡を描き、発売後1か月で2度の重版と、多くの人の支持を集めている「たよスマ」。妊娠・出産を経験した女性たちだけでなく、実は男性読者も多いのが特徴です。

真船さんは「この本を作るとき、妊婦さんだけに共感してもらうのではなく、パートナーである男性にもちゃんと妊娠・出産について理解してほしい。家族で読んでもらえる本にしたいと考えていました」と明かします。

実際に、「電子版で買ったけれど、夫に読ませるために紙の書籍で買い直しました」という女性や、「部下が妊娠したので、妊婦さんの気持ちを知りたくて買いました」という男性も。「子どもが生まれて、かわいいと思うけど、急には自分のペースが変えられない。妻との関係が悪くなって、どうしたら気持ちがわかるのか……」といった状態で、この本にたどりついた新米パパもいるそうです。

出産で人生が激変【画像提供:真船佳奈】

つわりや、妊娠中の体の変化には個人差があり、つらさは人それぞれ。妊娠や出産を体験したことのある人でも、完全に理解することはできません。さらに出産後も、ホルモンバランスの影響に加え、出産でボロボロの体なのに待ったなしで育児が始まります。男性には、イメージすることすら難しい場面が多々あるでしょう。

そうしたなかで起こる、不安や焦燥。近くにいる人に、その感情やつらさを完全には理解してもらえない孤独感も押し寄せます。真船さんは、そういった自らの体験に加え、夫がそのときに何を思い、どうしてすれ違いが生じてしまったのかも丁寧に描きました。

「最初から“わからない”と諦めるのではなく、わかり合おう、わかってもらおうとけんかするのも、意味があるし家族になっていくうえでの第一歩だと考えています。経験してみないとわからないことも多いですが、経験できない男性にも漫画だから『へえ、そうなんだ』とポップに笑いながら読んでいただき、妊婦や出産後の女性の気持ちを知ってもらえたらうれしいです」

自治体や行政のサービスは、PDFをひとつずつ開かないと情報が確認できなかったり、窓口へ行かないと利用できなかったりすることも【画像提供:真船佳奈】

子育ての大変さに厳しいSNSの声 弱音を発信することに意義も

自身の体験を発信することが、同じ経験を持つ人の共感だけでなく、周囲の理解にもつながることを実感しているという真船さん。不特定多数が目にするSNSで、あえて弱音を吐くのには理由があります。

「子育て中のお母さんがSNSで弱音を吐くと『そんな覚悟もないのに、子どもを産んだんですか?』とか、手間を省いたことを投稿すると『そんなに楽がしたいんですか?』とか、『子どもがかわいそう』など、とにかく叩く人がたくさんいます。どうしてか子育て中の親に対して、とにかく厳しくて、弱音を吐くとすぐ石を投げられる風潮があるんです。

そのなかには『自分は一生懸命やっているのに、この母親は……』と考える同じ子育て中の人もいて。子育てに対する厳しい意見を目の当たりにして、『もっと頑張らなきゃ』と思ったお母さんが、別のお母さんを許せなくなって叩いてしまう……。そうしたなかで、愚痴もこぼせないし、弱音も言えなくなっている人がいっぱいいると思います。だから自分は『積極的に弱音を吐いていこう!』って」

そうした真船さんの“弱音”は、同じ悩みを抱える人たちの代弁になることも。さらに、身近に似たような立場の人がいる周囲の人間には「もしかしたら、こういうことで困ったり、悩んだりしているのかも……」という気づきにつながるケースが少なくありません。

SNSで人気の「仁義なき保活物語」シリーズのひとコマ【画像提供:真船佳奈】

とにかく大事なのは「子どもがニコニコしていれば、それでよし!」

困っていることや“弱音”をエッセイ漫画として発信し、子育てをする女性たちから、多くの共感を得ている真船さん。その根っこには、多くの母親と共通する大きな軸がありました。それは「子どもがニコニコしていれば、それでよし!」ということ。

真面目に頑張りすぎて、家事や仕事といったタスクを抱えれば抱えるほど、余裕はなくなります。小さな子どもがいれば、部屋が片づかないのは当たり前だし、忙しければ食事の準備が負担になるけれど、食べさせないなんてできません。真船さんは、帰宅後はワンオペのことも多く、手が回りきらないこともたくさんあるといいます。

「適当でもいいんです。食事もデリバリーを頼んじゃったりするし、総菜や冷食もガンガン使ったりします。『こんな日があってもいいよね』って思わないと、苦しくなっちゃう。掃除・洗濯・炊事、どれをとっても死なない程度にしか頑張らないことにしています(笑)。タスクを抱えすぎたり、一生懸命になりすぎたりすると、どうしても子どもに対して『家事を邪魔されている』と思ったり、『一生懸命やってるのに!』と勝手に裏切られた気持ちになったりしてしまう。そうなるくらいなら、きちんとすることなんて、全部やめちゃえって考えているんです。

部屋も本当に散らかっていて、お見せできないレベルですけど(笑)、むしろみんなに見せて『こんなんでも大丈夫だから!』って言いたいですね。そうじゃないと、子どもがのびのびできない。“ちゃんと”することより、『うちの子かわいいんです』と言って、優しい気持ちになるほうが大事だと思っています」

子どもと一緒に笑える――そのためには、子育てをひとりで抱え込まず、手を抜くところを作っていい。真船さんは「息子がいなかったら頑張れない」と笑い、一番大切にすべきことを見失わないようにしながら、仕事と育児を両立していました。

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