実は“味のある名建築”の宝庫だった!…京都を代表する繁華街「祇園」界隈で“一見の価値あり”な近代建築10選【建築家が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

京都観光で多くの人が訪れる祇園には、花街の華やかさだけでなく、近代建築で評価されるべきものも多くあります。建築家である円満字洋介氏の著書『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ 増補改訂版』(エクスナレッジ)より、京都観光により深みを与える祇園界隈の近代建築を見ていきましょう。

祇園界隈の花街で近代建築を探す

[写真1]弥栄会館 出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

東山は祇園祭の主神を祀まつる八坂神社が残るように、古代からの霊地だったようだ。花街の発生も、御霊を鎮めるための歌舞音曲に起源をもとめる考えもある。わたしもそう思う。古い劇場や花街が残るのもそのためだろう。坂の多いこの土地を歩いていると、近代建築のほかにもさまざまな遺跡と出会うことになる。

01.表現主義的な流線型が特徴の「レストラン菊水」

川端通りと四条通りの角のレストラン菊水は、対岸の東華菜館と前後して竣工し、四条大橋の両端を飾っている。オルブリヒの成婚記念塔に比べられることが多いが、わたしは山田守に見られるような表現主義的な流線型が特徴だと思う。角が三角形平面の出窓になっているところがおもしろいし、壁面に仮面風のレリーフが並んでいるところを見てほしい。

[写真2]レストラン 菊水1926年 上田工務店 京都市東山区川端通四条上ル川端町
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

02.きらびやかな桃山風ファサードが美しい「南座」

向かいの南座は解体予定だったが、各界からの保存要望が高かったため外壁を中心に保存された。金物を復元したために以前よりもきらびやかになったが、このほうが当初の姿に近いだろう。桃山風とはこうしたもので、照明器具が丁寧に復元されているところも見どころだ。

[写真3]南座1929年 安立 糺 京都市東山区四条通大和大路西入ル中之町
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

03.最初期の近代和風公園「円山公園」

四条通りの突き当り、八坂神社の東側の円山公園は、建築家武田五一が設計し、造園家小川治兵衛が施工した。基本プランを武田が示し、造園家の小川が具体化したのだろうか。ふたりの分担は判然としないが、最初期の近代和風公園の作例のひとつであることは確かだ。池の山側に也阿弥ホテルがあったが長楽館竣工直後に焼失し、停滞していた公園整備が一気に進んだ。

[写真4]円山公園1912年 武田五一、小川治兵衛 京都市東山区円山町473他
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

04.タバコ王・村井家の迎賓館「長楽館」

山公園の奥の長楽館は、タバコ王村井吉兵衛の元別邸で、正調なルネサンス様式だ。玄関が小ぶりで上品にまとまっているため、これ見よがしなところがなくアットホームに仕上がっている。北側に有名な円山公園の桜を望むことができ、当初から公園を意識していたように見える。内部には茶室や桃山風の大広間を備えており、村井家の迎賓館として機能した。現在はカフェやレストランとして利用できる。

[写真5]長楽館( 旧村井吉兵衛 京都別邸) 1909年 J.M.ガーディナー 京都市東山区四条通大和大路東入ル祇園町南側 出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

ユニークなデザインも面白い、京都・祇園周辺の名建築

05.建築家・伊東忠太の“奇才ぶり”が炸裂する「祇園閣」

長楽館から南へすぐの祇園閣は、財閥の大倉家の元別邸で、今は寺院所有となっている。見たとおり祇園祭の鉾をかたどっていて、どこから思いついたのか知らないが奇想というべきだ。当主大倉喜八郎が男爵位を授けられた記念の塔だそうで、頂部は鳳凰に見えるが大倉の号「鶴彦」にちなんだツルらしい。喜八郎は金閣、銀閣に次ぐ京都の観光名所として祇園閣を構想したと聞く。

[写真6]祇園閣
1927年 伊東忠太 京都市東山区祇園町南側594-1
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

06.“フタ付き宝石箱”のような外観が特徴的な「弥栄会館」

祇園閣から路地を抜けて西へ向かった弥栄会館は、銅製の庇がぐるりと取り巻くのが特徴だ。庇によって水平に分節することで、巨体を町並みに紛れさせようとしたのだろうか。この建物は祇園のあちこちから見えるが、青い屋根と柔らかい色調のタイル壁のおかげで、フタ付きの宝石箱または着飾った巨象のようにも見える。2021年に弥栄会館をホテルに改造する計画が発表された。

[写真7]弥栄会館
1936年 木村得三郎 京都市東山区祇園町南側570-2
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

07.祇園のシンボルである現役木造劇場建築「祇園甲部歌舞練場」

弥栄会館のとなりは祇園甲部歌舞練場だ。これほど大きくて現役の木造劇場は珍しいのではないか。祇園のシンボル的存在で都をどりの会場として知られる。玄関棟の大きな唐破風(亀の甲羅のような玄関庇のこと)の見事な菊の欄間は必見だ。甲部というのは昔の地域名で、今は改称したが乙部もあったそうだ。祇園は、京都でもまちづくりの盛んな地域のひとつ。地元が町並みの保存に力を入れてきたおかげで、お茶屋街の風情が色濃く残っている。近年、花見小路を軸に整備され観光客も多い。

[写真8]祇園甲部 歌舞練場
1913年 設計者不詳 京都市東山区祇園町南側570-2
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

08.スマートなセセッションビル「寿ビルディング」

祇園を離れ、団栗橋を渡って鴨川の対岸へ向かうと、河原町通り沿いに寿ビルディングがある。すっきりとしたセセッションスタイルで、壁面上部のレリーフや玄関アーチのくり型が麗しい。玄関庇と照明器具が残っているのもうれしい。元は商工無尽株式会社所有のビルだった。無尽とは講のことで、ここは長岡京市の柳谷観音講が前身だという。現在はギャラリーなどが入っている。

[写真9]寿ビルディング(旧商工ビルディング)
1927年 山虎組 京都市下京区河原町仏光寺上ル市之町
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

09.タイムスリップできる老舗の名店「フランソア喫茶室」

四条通りの手前を右に入ったところのフランソア喫茶室は、地元では有名な老舗喫茶店だ。町家2軒分を改造したようで、中でつながっており、落ち着いた雰囲気で人気が高い。この界隈には、他にソワレ、築地などの昔ながらの喫茶店がありファンも多い。

[写真10]フランソア喫茶室
1941年改修 ベンチベニ 京都市下京区河原町西木屋町下ル船頭町
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

10.京都人ならみんな知ってるヴォーリズ建築「東華菜館」

レストラン菊水の対角にある東華菜館は、竣工時は西洋料理店だったそうだ。玄関まわりを飾る羊頭や海鮮のテラコッタはそのためだが、中華料理店となった今でもこれらの食材は共通するのがおもしろい。玄関上には貝を喰うタコがいる。こんなレリーフほかでは見たことがない。塔が西に寄っているのは、先斗町通りから見えるようにしたのだろう。

昔、京阪電車が地上を走っていたころ、京都の人はこの建物が見えると京都へ帰った気がしたらしい。それほど愛された建築というわけだ。夏には鴨川の納涼床を出すので、散歩のおわりにこの建物と対岸の南座、菊水ビルを眺めながらの乾杯はいかがだろう。

[写真11]東華菜館
1926年 ヴォーリズ建築事務所 京都市下京区四条大橋西詰斉藤町
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

円満字 洋介
建築家

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