「数倍の価値はあったのに」「そんな…」160年続いた家業、仲介業者に“一晩のうちに買い叩かれた”あまりに低すぎる譲渡額【税理士が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

近年、日本の多くの老舗企業が後継者問題に苦しんでおり、会社の譲渡に至るケースが増えています。関西にある和菓子店の亀鶴堂(仮名)も、江戸時代から160年以上も続く老舗企業で、後継者問題に悩み、会社を譲渡する決断に至ったうちの一つです。しかしその後、その決断を酷く後悔する思わぬ展開が待ち受けていました。本稿では、税理士の都鍾洵(みやこ しょうじゅん)氏が事例をもとに解説します。

子どもは2人いるも…後継者は見当たらず

みなさんは、日本にある会社の数を知っているでしょうか。その数はなんと386万社にも及びます(個人事業含む。令和3年経済センサスより/統計局)。

それでは、創業200年を超える超老舗企業はどれくらいあるでしょうか。答えは、1,340社です。全体の企業数からすると案外少ないな、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、グローバルに見ると日本の老舗企業は圧倒的に多く断トツの一位です。2位のアメリカは239社、3位のドイツは201社、4位の英国は83社(2020 日経BP調査より)で、それらと比較すると日本の老舗企業数は突出していることがわかります。

関西にある和菓子店の亀鶴堂(仮名)も、江戸時代から160年以上も続く老舗企業です。代々受け継がれた和菓子作りのノウハウ、限られた職人にのみ開示される秘伝のレシピ、少数精鋭の和菓子職人の技術を活かし、最盛期には百貨店にも進出するなど、関西地方に8店舗を構えるまでになりました。

しかし、昨今の原材料の高騰、和菓子離れ、職人の高齢化を背景に、赤字となる店舗が出てきたことから不採算店舗の撤退を余儀なくされ、現在営業する店舗は2店舗までになってしまいました。

また、現在の亀鶴堂の田中社長(63歳)には、後継者がいないという悩みがありました。子どもは2人いますが、長女(30歳)は東京の国家公務員と結婚、地元に戻る気配はありません。長男(27)は関西在住ですが、上場企業の商社に就職し、順調に昇進しているようで、業績の芳しくない家業に戻れとは言える雰囲気ではありません。

従業員は全体的に高齢化しており、後継者は見当たりません。田中社長は立ち仕事で傷んだ腰をさすりながら「いつまで続けられるものか」と思案する日々でした。

税理士「なぜそんな低額で決めたのですか?」

そんな折、店に届いた一通のM&A仲介会社からのダイレクトメールが目に留まりました。

『後継者不在のお悩みは実績十分の当社が解決します。相談は無料です』確かにテレビCMや新聞で見聞きしていた会社名です。「無料だし、一度相談だけでもしてみるか」。

来訪した大手M&A会社から『健康を害してからでは遅いですよ』『従業員の雇用を守りましょう』と不安をあおられた田中社長は、自身の健康不安も確かにあり、仲介契約を結びました。そして、間もなく、地元の大手洋菓子店を紹介されたのでした。社長直々の訪問があり、その真摯な姿勢に好印象を抱いたことで、とんとん拍子に進みました。

しかし、田中社長には少し引っかかる点がありました。それは譲渡額が2,000万円となっていたことです。M&A仲介会社に支払う仲介料は1,500万円であり、田中社長の手元にはほとんど残らない計算となります。「たった500万円しか残らないのか……」

しかし、M&A仲介会社の担当者から『この話を逃すと次は手を上げる候補はいないかもしれません』『こんな良い相手はいませんよ』『大手ですし従業員さんは安心ですよね』と説得され、その日のうちに渋々譲渡を決めたのでした。

契約をし、次の日に顧問税理士に報告すると、「なぜそんな低額で決めたのですか?」「どう計算しても数倍の価値はあります」と聞かされたのでした。

「守秘義務があるため、契約するまでは誰にも相談してはいけないと言われたので……そんな……」言葉が出ませんでした。

しかし、譲渡契約は適正に完了しており、後の祭りでした。今、田中社長は、先祖代々の事業を二束三文で譲渡してしまったことを後悔して、細々と年金暮らしをしています。

どうすれば失敗しなかったのか……

数年前から、「給与が高い企業ランキング」上位に、M&A仲介会社がズラリと並ぶようになりました。

高額な給与の原資は、当然高額なM&A仲介料です。

仲介料は各社様々なため、M&A仲介会社には複箇所問い合わせ、サービス内容や報酬内容を確認する必要があります。特に、最低報酬には注意しましょう。譲渡額の5%と思っていたが、実は最低報酬が設定されているケースが多々あります。そして、自社がどれくらいの価値があるか、これも複数のM&A仲介会社から取得しましょう。簡易評価は無料の場合がほとんどです。

また、国が定める「中小企業M&Aガイドライン」において、『セカンドオピニオン』を活用することが推奨されています。評価額、進め方、報酬額、など、他のM&A仲介会社や顧問税理士など、専門家に定期的に客観的なチェックを受けることで、「後悔する事業承継」は相当数減少することでしょう。なお、秘密保持契約は、このようなセカンドオピニオンは除外されており、契約違反となりませんので、ご安心ください。

税理士

都 鍾洵

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