夫婦のいずれかのみが家計を管理している場合、高齢となりどちらかが先に亡くなってしまうと、残された側は窮地に立たされるかもしれません。本記事ではAさんの事例とともに、高齢期のマネーリテラシーの重要性について、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子FPが解説します。
タワマン住まいの高齢夫婦、夫が先に死去
Aさんとその夫は同い年の夫婦です。2人で仲良くタワーマンション(以下、タワマン)に住んでいました。住宅ローンは完済しており、夫がリタイアしてからは年金収入で暮らしていました。
夫婦の公的年金の加入履歴から年金額をみてみましょう。
[図表]公的年金の加入履歴からみるAさん夫婦の年金額 出所:筆者作成 老齢基礎年金:2024年度既裁定者満額
老齢厚生年金:53万円×7.125/1000×384月、62万円×5.481/1000×132月
経過的加算、振替加算は考慮せず
Aさん夫婦の年金は月29万円です。夫婦2人の老後の最低日常生活費は月額23万2,000円、ゆとりある老後生活費は月額37万9,000円(公益財団法人生命保険文化センター、2022(令和4)年度生活保障に関する調査(速報版))という調査結果がでています。
このことから、公的年金だけではゆとりある生活まで賄えるとはいえません。しかし、几帳面で計画的な性格の夫は民間の保険で個人年金をかけていたことにより、65歳からの10年間は年金にプラスアルファが受け取れるように準備。個人年金と足し合わせることにより、年金収入だけで生活費を賄い、貯蓄からの出費を控え、3,000万円の蓄えがありました。
やりくり上手の夫も妻には甘く、タワマンの購入も「家でも素敵な夜景を楽しみたい」「タワマンでセレブのような暮らしをしたい」というAさんの希望によるものでした。
Aさんもしっかり者の夫に頼りっきり……しかし、そんな生活は70歳のときに夫が心筋梗塞で急逝し、終わりを告げます。Aさんはおひとりさまの老後を送ることとなってしまいました。
Aさんが受け取る遺族年金額
Aさんは今後どのように生活したらよいのか、お手上げ状態。
親切で世話焼きの友人が「遺族年金が受け取れるから」と、年金事務所に行くよう勧めてくれたため、まずはじめに年金事務所を訪ねました。そこで告げられた遺族厚生年金の見込額は、142万3,983円(月額11万8,665円)、亡くなった夫の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3で計算とのことです。
妻の老齢基礎年金と遺族年金を合わせると月額18万6,473円です。総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)2022年(令和4年)」の65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)の家計収支では、実収入13万4,915円、消費支出は14万3,139円となっています。
「まあまあもらえるのね」
Aさんは安堵しました。年金のみでも日常生活を賄っていけそうです。さらに遺族年金は非課税のため、税金も抑えられることから、問題なく暮らしていけると思いました。公共料金等の引き落としやマンションの管理費等の名義変更も頑張って済ませました。
しかし、家計を夫に任せきりだったAさんが引き続き生活するのに、月18万円という収入は、あまりに少ない金額だったのです。
「お金貸して…」友人に借金し続ける理由
「あら?」ある日Aさんは、年金が振り込まれている通帳をみると、残高がほとんど残っていないことに気がつきました。
「想定外のお金がかかったのかしら」
不思議に思いつつも、次の年金振込日まで貯蓄から補填しなければと、金融機関にいきます。その後も次の年金振込日まで、ひと月分の生活費が不足するような生活を送りました。その都度、金融機関に行くのも面倒と、「お金貸して」と同じマンションに住む長年の仲良しの友人に借金をするようになります。
老後破産の高齢者が多い理由
2020年日弁連破産事件および個人再生事件記録調査によると、年齢別の破産割合は70歳以上で9.35%を占めています。60歳代では16.37%と、老後破産する高齢者が多いことがわかります。
老後破産のリスクがある高齢者の特徴としては次のことがあげられます。
・家計の収支を把握していない
・貯蓄金額が少ない
・生活水準が変えられない
・固定費が高額である
・子どもや孫にお金をかけすぎている
Aさんの現状は上記に当てはまる項目が多かったのです。
タワマンの管理費等は一般のマンションと比較して高く設定されています。Aさんのタワマンでは約5万円。これに加えて水道光熱費、携帯代金等……固定費だけで年金の半分は消えていきます。
また、夫の死後、個人年金の受け取りは死亡時未支払年金受取人として設定してあったAさんが受け取っていましたが、Aさんが75歳になったタイミングで受け取り期間が終了したのです。
さらに食料品は産地から取り寄せ、奥様同士(友人)との交際費、友人とのおしゃべりの最中に勧められた美容や健康のための諸出費など、現役時代からそれなりにかかっていましたが、夫がお金の管理をしていたので、きりもりできていました。おひとりさまになり、時間を持て余すことが増えたことから、Aさんの浪費は増えていったのです。
Aさんは、夫と2人で暮らしていたときと同じ生活を送っていても2人が1人になったのだから、お金は余るだろうと思い込んでいました。しかし、タワマンでの優雅な生活では、夫の死後から5年もすると貯蓄が底をつくでしょう。
さらにAさんは大きな勘違いをしていたのです。
「え? 2ヵ月に1回だけ?」
年金の振り込みは2ヵ月に1回!大きな勘違い
年金は毎月振り込まれるものと勘違いしていたAさん。確認(記帳)することもせず生活し、その結果、生活費が1ヵ月分不足します。そのため、2ヵ月に1回、友人に借金する生活を送っていました。
どんなに優雅な生活を送っている友人も、このままお金を貸してと借金を続けるAさんとの友人関係の明るい未来は想像できないことは明らかです。
人生100年のあいだには、想定外のことも起こるでしょう。特に高齢期に知らない、わからないことをひとりで進めるにはリスクが大きくなり、老後破産にもつながります。夫が亡くなったタイミングで専門家に相談してみると借金は回避できたのではないでしょうか。
<参考>
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
代表