「大橋と陸次樹、拓夢にしてもそうだ」広島のスキッベ監督が重視する“万能性”「マコの最初の印象は悪ガキ(笑)」

2024年J1リーグは、開幕から間もなく2か月が経とうとしている。過去2シーズンは連続3位のサンフレッチェ広島が、今季は非常に安定感のある戦いを見せ、8節終了時点で2位と好位置につけている。

それも就任3年目を迎えたミヒャエル・スキッベ監督の手腕によるところが大だろう。かつてドイツのシャルケやドルトムントで指揮を執り、2002年の日韓ワールドカップではルディ・フェラー監督(現ドイツ代表チームディレクター)のもとで参謀役を務め、ギリシャ代表なども率いた多彩な指導歴を持つ指揮官に今回、単独インタビューを実施。まずは広島でのチーム作りについて語っていただいた。

――◆――◆――

今季の広島はエディオンピーススタジアム初の公式戦となった2月23日の浦和レッズ戦で2-0の完勝。前評判が高かった相手を撃破し、幸先の良いスタートを切った。

しかも、2点を叩き出したのが、湘南ベルマーレから加入したばかりの新戦力FW大橋祐紀。彼はその後も得点を重ね、目下、得点ランキングで2位の6ゴールをマーク。一気にブレイクしつつあると言っていい。

昨夏にセレッソ大阪から獲得した加藤陸次樹にしても、今年3月のJリーグ登録期限ギリギリに加わった新井直人にしても、広島の一員になった途端に目覚ましい働きを見せている。新戦力が次々と結果を出す理由を、スキッベ監督に問うと、こんな回答が返ってきた。

「彼らはそれぞれ前所属先でも活躍していました。加藤に関して言えば、2022年ルヴァンカップ決勝で我々を相手にゴールを奪っています。大橋も昨季のアウェー湘南戦で広島から点を取っていますし、新井も昨季のアウェー新潟戦でゴールしています。ウチから点を取れば、広島に来ることができるし、伸び伸びとサッカーができるんじゃないかと思いますね」と、指揮官は冗談交じりに笑う。

「それは偶然かもしれませんけど、やっぱり彼らが広島の一員になれば、これまで以上に機能し、結果を出せるという確信があったのは事実です。そういう人材を獲得したいという考えを常に念頭に置いて、対戦相手や他チームをチェックしています。

大橋と陸次樹、(川村)拓夢にしてもそうですけど、彼らは複数のポジションをこなせる有能な選手。主戦場としているポジションとは異なるところに入っても、そこで強烈なキャラクターを発揮する。私も個々のストロングを出してほしいと考えて起用していますが、本当にうまくフィットしている。彼らの万能性がチームのプラスになっているのは確かでしょう」

“万能性”というのは、スキッベ監督率いる広島の1つのキーワードと言っていいかもしれない。満田誠もシャドー、ボランチ、右サイドを自由自在にこなしているし、ウイングバックが主戦場の東俊希もいざとなれば最終ラインにも入ることができる。

4月3日のFC町田ゼルビア戦で3バック中央の荒木隼人が負傷した際も、右ウイングバックの中野就斗が穴を埋めている。彼らのユーティリティ性がスムーズな戦いの原動力になっていると見てよさそうだ。

「我々は戦術をベースに選手個々の良さを出せるチームを目ざしています。ゆえに、誰かがいなくなっても大丈夫。どのポジションもしっかりバックアップが揃っていますし、自信を持って選手を送り出しています。

彼らに口癖のように言っているのは、『ミスをしても構わない』ということ。ミスに怯えていたら、決して良いパフォーマンスはできない。常にチャレンジしていく姿勢を示すことで、一番良いパフォーマンスを引き出せると私は考えています。そういうマインドでピッチ上で戦えなかったら負けと同じ。必ず力を出し切ってほしいと選手たちには伝え続けています」と、スキッベ監督は語気を強める。

【画像】小野伸二や中村憲剛らレジェンドたちが選定した「J歴代ベスト11」を一挙公開!

指揮官の力強い後押しがあるから、選手たちも思い切ってプレーでき、グングン伸びていくのだろう。スキッベ体制でA代表デビューを飾った満田と川村はその代表格ではないか。

99年生まれの2人はご存じの通り、広島ユースの同期だ。満田はトップ昇格が叶わず、流通経済大へ進学。4年後に戻ってきて、才能を大きく開花させ、2022年のE-1選手権で日の丸を背負うことになった。

一方の川村はトップ昇格したものの、出番を得られず、プロ2年目の2019年から3シーズンを愛媛で過ごし、試合経験を積み重ねて復帰。23年には森保一監督に活躍ぶりを高く評価され、日本代表入り。24年元日のタイ戦で念願の初キャップを飾っている。

ちょうど2人が加わった2022年から指揮を執るスキッベ監督にしてみれば、彼らが今のチームの主軸となり、周囲をけん引しているのは大いに意味のあることに違いない。

「マコ(満田)に関して言えば、最初の印象は悪ガキ(笑)。ずる賢い選手というイメージが強かったですね。私はそういうタイプの選手が好きで、『その通りにやれ』と本人にも伝えました。背中を押したこともプラス効果があったのか、才能がより発揮されるようになったと思います。

彼はもともと走れるし、ボールを止める・蹴るの技術も高く、フリーキックも蹴れる。シュート力もあった。そういう能力をいろんなポジションをやってもらうことで引き出すことができたのかなと感じています。

拓夢の場合はマコとは対照的で、少しナーバスな部分があります。その性格は自分に似ている。私自身もU-18ドイツ代表として初めて国際試合に出た時、国歌斉唱の時に立っていられないくらいの緊張感を覚えましたからね(笑)。拓夢が昨年6月の代表期間中に体調不良で離脱した後、そのエピソードを本人にも伝えましたけど、身体が予期せぬリアクションを起こしてしまうことはあるんです。

彼のような才能のある選手は周りがしっかりとサポートしなければいけない。それは森保さんも感じていると思います。拓夢はサンフレッチェ、そして日本を背負って立つことのできる逸材。私はそう信じています」

ドイツで長く育成に携わった指導者らしく、若い選手を育てることには特別な野心を抱いているように見受けられるスキッベ監督。彼が広島の指揮官に就任するという一報が流れた際には、日本サッカー界で驚きの声が挙がったが、育成重視をモットーにしているクラブでの仕事というのは、本人にとっても理想的なものだったはず。広島とスキッベ監督は最高のマッチングだったと言えるのではないか。

※第1回終了(全3回)

取材・文●元川悦子(フリーライター)

© 日本スポーツ企画出版社