「会議の合間にビーチバレー」「疲れたらマッサージ」みんなが憧れる〈グーグルの福利厚生〉だが…快適なオフィスを用意する企業の思惑とは?【米ジャーナリストが分析】

(※写真はイメージです/PIXTA)

日本でも時々話題になるユニークな会社のユニークな福利厚生やオフィス環境。社員にとってはウハウハな環境に思えますが、実はそれで得をしているのは社員ではありません。アメリカ在住のジャーナリスト、シモーヌ・ストルゾフ氏による著書『静かな働き方』(日経BP・日本経済新聞出版)の第7章「さらば、おいしい残業特典」から、雇い主がオフィスに求める役割について考えてみましょう。

雇い主がオフィスに求める役割

1903年、石鹸の通信販売会社であるラーキン・ソープ・カンパニーは、若き日の建築家、フランク・ロイド・ライトに対して、ニューヨーク州バッファローに「未来のオフィス」を建ててほしいと依頼した。ラーキンビルの「統制の取れた建築、レイアウト、デザイン、マネジメントを兼ね備えた職場は、マネジメントとオフィスでのすべての問題を予見し解決できるかのように思われた」と、ニキル・サバルは著書『Cubed: A Secret History of the Workplace(四角い間仕切り:オフィスの知られざる歴史)』(未訳)で説明している。

ライトの設計した建物は屋上庭園、食堂、浴場、病院、図書館、ジムを備えていた。金曜の夜にはコンサートが、日曜日には礼拝が行われる。最大の特徴は中央の職務室である。大きなガラス窓を通じて自然光が差し込む様子は、ショッピングモールの中央広場のようだ。「協力」「産業」「制御」といった20世紀初頭にビジネス界で流行した言葉が石の壁に刻まれている。この広場で社員たちは机を並べて働いていた。「全員が同じ服装、同じ髪形をした女性社員がデスクに向かい、角には4人の男性管理職が配置されていた」という。

この贅沢な空間は、進歩的なオフィスデザインと権威的なマネジメントを融合させたものだった。ラーキンは、労働者のすべてのニーズを満たしつつ、彼らのすべての行動を監督できる環境をつくったのである。20世紀初頭、労働組合とストライキなどの労働運動によって会社側の力が脅かされる中、ラーキンは会社が「産業の改善」と呼ぶものを体現するためにテイラー主義的な労働環境をつくり出した。しかし、「労働者向けの福祉とされるものは、少し想像力を働かせれば、それが労働者の社会生活の支配につながるものであることがわかる」とサバルは書いている。ラーキンビルは、その先の未来にたくさん登場するシリコンバレーのキャンパスの先駆けだったのだ。

世間の憧れの的になったグーグルの福利厚生

「オフィス」は一種のテクノロジーである。社員の仕事を進めやすくするための道具ということだ。しかし、ほかのどの技術でも同じようにオフィスの機能そのものよりも、それの使い方の方がはるかに重要である。使い方ひとつでオフィスは社員の協力を促す装置にも、企業劇場の舞台にもなる。仕事に没頭できる空間にも、どれだけ一生懸命働いているかをマネージャーにアピールする場にもなるのだ。

2000年代初頭にグーグルプレックス(グーグル本社)を開設して以来、グーグルの充実した福利厚生は、世間の憧れの的となっている。グーグル社員は会議と会議の合間にビーチバレーで息抜きし、デスクの側でマッサージを受け、コース料理を楽しめる。しかし、こうした設備の恩恵を真に受けているのは会社側である。社員を会社に長く留まらせるのに役立っているのだ。

シリコンバレーだけでなく、他の業界の福利厚生にも同じことが言える。例えば、人類学者のカレン・ホーはプリンストン大学での博士課程の研究の一環として、1990年代にウォール街の投資銀行で1年間働いた。そこで彼女は、企業が提供する無料のディナーと自宅までのタクシー代の負担という2つの福利厚生が、銀行業界で常態化している長時間労働を促進する中核的な要素になっていることを発見した。

社員が午後7時までオフィスに残った場合、夕食代は会社が出す。「食料品を買う時間も料理をする時間もない社員はすぐこのサービスに依存するようになった。午後7時前に帰れる日があっても夕食のためにオフィスに残る社員もいた」と彼女は『Liquidated: An Ethnography of Wall Street(清算済:ウォール街の民族誌)』(未訳)で説明している。さらに午後9時まで会社にいると、帰宅するためのタクシー代を会社が払ってくれる。夕食とタクシー代の負担が、銀行員が夜遅くまで働くことを後押ししていたのである。

さらに携帯情報端末の「ブラックベリー」は、「自宅にいても休暇中でも、社員をオフィスにつなぐ」状態を保つのに貢献していたとホーは指摘する。ブラックベリー自体は廃れてしまったものの、デジタルの足枷かせは今なお存在する。

職場向けコミュニケーションアプリは知識労働者の意識の半分を仕事とつなげた状態にしている。労働者を片目を開けたまま眠る鮫のような状態にしているのだ。「現代の知識労働者の多くは、何かあれば数分以内にメッセージを送受信できる状況にある」とカル・ニューポートは著作『超没入:メールやチャットに邪魔されない、働き方の正解』(早川書房)で説明している。「人がメールを頻繁にチェックしていると言うのは控えめな表現だ。実際のところ、人々はこうしたツールを常時使っている」

「しっかり働いて、さくっと帰ろう」を体現 スラックのオフィス

一方で法人向けにコミュニケーションアプリを提供しているスラックは、サンフランシスコの本社で自社製品が促進しているこの現象に対抗しようとしている。本社の壁に描かれた「しっかり働いて、さくっと帰ろう」のメッセージは、同社の仕事に対する哲学をひと言で表すものだ。

「あなたが雇用主に引きつけられる理由が無料のカップケーキであるなら、その正当性についてよく考えてみるべきだ」とスラックの元グローバル施設ディレクターであるディーノ・ロバーツは話す。オフィスの目的は従業員が仕事を片付けるのを助け、それが終わったのなら普段の生活に戻れるようにすることだという。

グーグルプレックスと比べると、スラックの本社は地味に感じた。ジムも、等身大ジェンガも、廊下をブンブン走り回るスクーターもない。そこは、要するに働くための場所のように感じられた。

そもそもオフィスは働くための場所なのだ。オフィスが社員にとって行きつけのバーやジム、レストランである必要はない。もちろん会社がそうしたものを提供することが悪いという意味ではない。でも、仕事は生計を立てる手段なのだ。そして仕事が終わったなら、みな家に帰るべきなのである。

しかし、マウンテンビューで僕のツアーガイドを務めたブランドンにとってオフィスを去るという選択肢はほぼなかった。それはグーグルで働いていた6年間、彼の生活の拠点が会社の駐車場に停めた9平方メートルほどのバンだったからである。

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