日本が「衰退したと考えるより」 ニューヨークのカオスな地下鉄事情から駐夫が感じたこと

ニューヨークの地下鉄【写真:Getty Images】

明るい車内に清潔なシート。日本の地下鉄は夜でも安心して乗ることができます。それは世界的に見て当たり前のことではありません。妻の海外赴任に伴い、ニューヨークで駐在夫、いわゆる「駐夫(ちゅうおっと)」になった編集者のユキさん。この連載では、「駐夫」としての現地での生活や、海外から見た日本の姿を紹介します。第4回は、ニューヨークの地下鉄の治安についてです。

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老若男女による大胆すぎる無賃乗車

「ちょっとお兄さん、そこのドアを開けてくれないかしら」

ニューヨークに来てまだ間もない頃、地下鉄構内を歩いていると、改札の外にいた年配の女性にそう呼びかけられました。何かあったのだろうとそのドアを開けると、警報音が鳴り響きます。

「サンキュー」と言って、その女性はそこを抜けて去っていきました。何があったのかを理解したのは、しばらく経ってのことでした。無賃乗車です。

改札に人がいる駅は少なく、また、切符やカードを通すのは入り口のみ。出口で確認することはありません。

そのせいかどうかはさておき、ニューヨーカーが不正乗車をするのをよく見かけます。正直あまりいい気分はしなかったのですが、その方法が人それぞれで、ある意味感心すらしてしまいます。

ニューヨークの地下鉄に設置された緊急ドアと改札。緊急ドアの銀色の部分を押すと、内側からはドアが開く【写真:ユキ】

若い人はバーの脇に両手をついて、跳び箱のように改札を飛び越えていきます。そこまでの元気はないだろうという人は、バーの下をくぐっていきます。

あるとき、数人の高齢者の集団がいました。ひとりがバーの下をくぐり、改札の隣の回転式出口の横にあるドア(さきほど私が開けてしまったと話した、内側からしか開かない緊急用のドア)を開けます。そこから残りの人たちが、ぞろぞろと中に入っていきました。

この緊急用のドアは、一度開くとしばらく開いたままになります。すると、そのとき駅に来た人たちは、急いでそこから中へと通り抜けていきます。けたたましい警報音が鳴っているものの、これまでそれで駅員がやってきたところを見たことはありません。

もちろん無賃乗車は犯罪なのですが、どことなくコメディ映画を観ているような気分にさせられます。ニューヨーク市の交通局でも、改札のバーの高さを上げようなどと無賃乗車への対策を練っているようですが、どうも抜本的な解決方法にならないような気がします。

地下鉄出口の回転ドア【写真:ユキ】

急増する地下鉄での犯罪

地下鉄ではこのような無賃乗車だけでなく、とくに最近、かなり深刻な犯罪が多発しています。

2月には、駅構内でチェロを演奏していた男性が、背後から近づいてきた女性に突然、後頭部を鈍器で殴られる様子がSNSで拡散されました。また、若者の間で発砲事件が起き、死者も出ています。2024年に入り、地下鉄での暴行や強盗などの犯罪件数が13%以上増加しているとのことです(2024年3月現在)。

ニューヨークの州知事も遺憾の声明を出し、対策を発表。在米している駐在員には、大使館などから危険の勧告が出されています。

1970年代から80年代のニューヨークの地下鉄は無法状態で、当時を知る人たちは「あの頃の地下鉄はとても怖くて、夜は電車に乗れなかった。今の地下鉄は安全だろう」とのことです。日本にいるとその感覚が麻痺してしまいますが、安全は得がたいものだなと改めて感じます。

ニューヨークでは、移民や経済格差、ホームレスの問題などが連日のように報道されています。

先日、日本人の約7割が日本は衰退していると感じているという調査結果(「ポピュリズムに関するグローバル調査2024」イプソス株式会社)を見ましたが、そのことをこちらで話すと、あまりピンときていない様子でした。日本は安全で清潔で、秩序だった国だという印象が強いようです。

衰退したと考えるより、なぜこれだけ日本が安全なのかを考えてみてもいいかもしれません。

ユキ(ゆき)
都内の出版社で編集者として働いていたが、2022年に妻の海外赴任に帯同し、渡米。駐在員の夫、「駐夫」となる。現在はニューヨークに在住し、編集者、学生、主夫と三足のわらじを履いた生活を送っている。お酒をこよなく愛しており、バーめぐりが趣味。目下の悩みは、良いサウナが見つからないこと。マンハッタン中を探してみたものの、日本の水準を満たすところがなく、一時帰国の際にサウナへ行くのを楽しみにしている。

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