杉咲花は“役を生きる” 『アンメット ある脳外科医の日記』に込められた作り手の“本気”

やっぱり、杉咲花はすごい。彼女が演じていると、架空であるはずのキャラクターが、この世界に実在しているように感じる。『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系/以下『アンメット』)のミヤビも、今日もどこかで息をしているような気がしてくるのだ。

主演の杉咲が、「指折りの傑作を作りたい」と覚悟を持って挑んでいる『アンメット』。初回放送を観て、まず伝わってきたのが作り手の“本気”。医療ドラマというのは、基本的に医療従事者へのリスペクトを込めて制作されているため、熱量の高さを感じさせる作品が多く存在している。ただ、何もないシーンでも涙が出るくらいに感動させられたのは、『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(TBS系)以来かもしれない。いい医療ドラマは、物語の展開だけでなく、その奥にある作り手の“本気”が胸を熱くさせるのだ。

このドラマで杉咲は、代役なしで手術シーンに挑戦している。近年は、役者が自ら手元を担当することも増えてきているが、脳外科の手術のように難度が高い場合は、カットを分けて代役を使うことが多い。しかし、杉咲は昨年の10月から、キットを使って練習を開始。「いつ自分の手元が映っても大丈夫なレベルまで上達したい」と努力を重ねてきた。初回の手術シーンで、あそこまでの緊迫感を出すことができたのは、自らすべてを演じていたからこそだと思う。おのずと、ミヤビを見守る三瓶(若葉竜也)らキャスト陣の表情も、リアリティのあるものになっていた。

また、記憶障害を抱えるミヤビにとって、日記は命綱のような存在だ。夜に日記を書き、明日の自分にメッセージを託す。今日あったこと、患者の状態、細かい会話の内容。「そんなことまで書くの?」と思うような出来事まで、すべてを日記に綴っていく。その日記も、杉咲が自ら執筆している。

これも、通常は役者本人が描くのは一部だけで、そのほかはスタッフが担当することが多い。ただ、中身の筆跡が統一されているからこそ、パラパラと日記をめくったとしても、違和感がない。Yuki Saito監督からは、「書く作業だけで相当な負担になるよ」と言われたらしいが、「気持ちが入りやすいから」と日記を通してミヤビが過ごしてきた日々と向き合うことにしたようだ。

杉咲は、ミヤビを演じているというよりも、ミヤビを生きている。正直、時間がたくさんあれば、できることなのかもしれない。しかし、杉咲はいま発表されているだけでも、主演映画の公開が3本も予定されているなど、多忙な役者のひとりだ。その忙しい日々のなか、ここまでの努力を重ねてきたこと。そもそも、やろうと決意するのだって、なかなかできることではない。しかも、手術シーンや日記の執筆は、スタッフ陣は吹き替えを検討していたにもかかわらず、自ら「やらせてください」と申し出ているのだ。

彼女の役づくりに関するエピソードを通して、“役に息を吹き込む”という言葉の本当の意味を教えてもらったような気がする。ミヤビのことを考え、ミヤビのために費やしてきた時間が、ゆっくりゆっくりと杉咲のなかに息づき、いまこうして形になっている。

杉咲の努力の結晶が詰まっている『アンメット』。確実に名作と呼ばれることになるであろうこのドラマを、リアルタイムで追えていることを幸せに思う。

(文=菜本かな)

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