【コラム・天風録】春と修羅100年

 

相当に無理して自費出版したと聞く。100年前の4月、花巻農学校の教師だった宮沢賢治が世に出した生前唯一の詩集が「春と修羅」である。最愛の妹の臨終を描く「永訣(えいけつ)の朝」が教科書によく載るが、表題作も奥深い▲岩手の自然に、心象風景を織り交ぜる。<いかりのにがさまた青さ/四月の気層のひかりの底を/唾(つばき)し はぎしりゆききする/おれはひとりの修羅なのだ>。難解な一節が妙に心に残る▲修羅とは争いの絶えない世界を指す。命輝く4月に賢治は何に怒り、胸の底で闘っていたか。仏教の求道者としての心の揺れとも解釈できるというが、そこから離れても意味深だろう。怒りの感情は確かに苦くもある▲名古屋大の研究チームが、学生50人の心理実験を英科学誌に報告した。わざと怒らせて気持ちを紙に書かせ、捨てさせると感情が鎮まったという。何かと歯ぎしりする日本の政治に当てはめると…。ごみ箱ならぬ投票箱に落とす、あの紙に思い至る▲「まことのことばはうしなはれ」と詩の中で嘆いた賢治なら、今の世の言葉の軽さをどう思うだろう。「春と修羅」は初版千部の大半が戻された。だが推敲(すいこう)を重ね、紡いだ言葉は100年響き続ける。

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