『涙の女王』キム・スヒョンが3度目の旋風を起こす 手術の“代償”に戸惑うヘインとヒョヌ

Netflix配信中で絶大な人気を誇る『涙の女王』がクライマックス目前を迎えた。本作で3度目のシンドロームを巻き起こしているキム・スヒョンと、ハマり役を得たキム・ジウォンによる『涙の女王』は、初回から人気に火がつき、回を追うごとに沼落ちする人が爆誕するレジェンドドラマとして、多くの人の心を鷲掴みにしている。

本作は、キム・スヒョン演じる田舎のスーパーマーケットの息子であり、弁護士のペク・ヒョヌと、キム・ジウォン演じる、クイーンズ財閥令嬢でクイーンズデパートの女王であるホン・ヘイン夫婦に訪れた危機と愛の再生を描いたロマンティックコメディだ。本稿では、クライマックス目前の第13話、第14話を中心にご紹介したい。(以下、ネタバレあり)

ヘインの祖父でクイーンズグループ会長ホン・マンデ(キム・ガプス)の死去により、マンデの隠し裏金の行方を探すヘイン一家だが、マンデの愛人モ・スリ(イ・ミスク)に先手を打たれてしまう。モ・スリによって裏金は奪われてしまうも、ヘインがマンデに渡した万年筆には録音が遺されており、マンデの最期の言葉をヘインは聴くことができた。巨大財閥グループを一代で築き上げたマンデの最期の言葉は、富と名誉を求めた果てに辿り着いた境地を語っていて虚しく悲しい最期だ。死を目前にしているヘインにこの言葉がどう響いたのだろう。彼女もまた1兆円クラブに入会することを目的に、ひたすら売り上げを上げることに邁進してきた。ヒョヌとの愛を犠牲にし、彼女がひた走ってきた道もまた、マンデと重なるものだったろう。

本作の脚本家パク・ジウンが、マンデとヘインを繋ぐ最後の小道具として使用した“録音機能付き万年筆”は、パク・ジウンの過去作で、キム・スヒョン主演が2度目のシンドロームを起こした『星から来たあなた』の中でも、重要な小道具として使われていた。スパイものによく出てくるような、日常で目にすることのない録音機付きペンといった小道具も、いつ使われるのかを期待させる、いわば観るものの目を引きつける優れた演出のひとつだ。

祖父を見送ったヘインは、葬儀の場でヒョヌに「死のリハーサル」をしているようだと告げる。ヘインが余命3カ月の宣告を受けてからすでに3カ月の時間が経過していたのだ。ヘインは、「今夜死んでもおかしくない」と言い、生きたい思いをヒョヌに語り彼を泣かせる。ヒョヌはヘインの手を強く握り、また彼女もヒョヌの手を握り返す。指が触れることさえも躊躇いを覚えていたふたりだが、余命宣告から3カ月が経過し、今やふたりの愛はしっかりと再燃し想いを強くしている。

マンデの死により、クイーンズグループ内の株の持ち分が変わり、ヘインらホン家がクイーズグループを乗っ取ったモ・スリとその息子で現会長ユン・ウンソン(パク・ソンフン)を追い詰めることが可能になってきた。ホン家は、住んでいた屋敷に戻り、スリと共に暮らすことにする。しかし、ヘインとスチョル(クァク・ドンヨン)は、それぞれの伴侶と暮らすことを選択する。

本作では、ヘインとヒョヌ夫婦だけでなく、スチョルとダヘ夫婦、ヘインの両親のボムジュン(チョン・ジニョン)とソナ(ナ・ヨンヒ)夫婦に、ヒョヌの両親ドゥグァン(チョン・ペス)とボンエ(ファン・ヨンヒ)夫婦、さらにはヒョヌの兄と姉の夫婦関係と、「夫婦の愛」を軸に人間模様が描かれている。

そんな中で、本作の悪役であるモ・スリの夫であり、ウンソンの父については未だ言及されない。モ・スリが復讐に費やした30年という途方もない時間と、息子を犠牲にまでして突き進む執念の発端が明かされるとき、彼女は復讐と引き換えに払った代償の大きさに気が付くのだろうか。

ヘインの病を治療できるところはないかと、全世界を調べていたヒョヌの元に、ヘインの治療ができるという一報が入る。ヘインに適用できる手術は、マイクロバブルによる除去術で、海馬の損傷が避けられず長期記憶を失い、手術を受ける前の記憶をなくす可能性が高いという。そのことを知ったヒョヌは、ヘインの父ボムジュンから、ヘインに副作用のことは秘密にしたままドイツに行き、そこで説得するように頼まれる。

手術ができることを知り、これまでの緊張が解けて喜び感動で号泣するヘイン。それを見つめ、ヘインを抱きよせ慰める複雑な思いのヒョヌ。「愛する妻の命が救われる!」と知った天国にいるような喜びの絶頂から、記憶を失うかもという恐ろしい副作用を告げられたヒョヌの心境が痛ましい。抱き合って眠るヒョヌとヘインだが、ヒョヌの気持ちが伝わってきてこちらも不安になってしまう。究極の選択だが、手術を受けるという一択しかないだろう。

ドイツに行く前に、「遊ぼう」というヘインの言葉で、ヒョヌとヘインは九浪里(クランリ)駅へ旅行に行く。そこでふたりは楽しい時間を過ごす。

美しい花畑で、ヘインが額縁のオブジェの中に立ち記念撮影をするのだが、そこには「Love is how you stay alive, even after you are gone.―Mitch Albom」=「愛とは、あなたが亡くなった後も、あなたが生き続ける方法です。―ミッチ・アルボム」と刻まれている。物語のテーマである「愛」について言及している細かい演出で、画面全部を使いメッセージを送ってくれるのが素晴らしい。

ヒョヌとヘインは、離婚を取り消してヒョヌのマンションで暮らすことを決め、2度目の新婚生活を満喫する。互いが初恋相手で会ったことを明かしあうヒョヌとヘインがかわいくてたまらない。ふたりは気づいていないが、溺れるヘインを助けたのがヒョヌであることを視聴者は知っているので、初恋以前に出会っている運命の糸で結ばれたふたりなのだ。その時にヒョヌが着ている服は赤色で、まさに「赤い糸で結ばれた運命のふたり」だ。ロマンティックな演出が盛りだくさんで、こんなに心をときめかせる韓国ドラマがあっただろうか。

その後ヒョヌと共に渡独したヘインは、自身の手術に副作用があり、記憶を失うかもしれないことを知り絶望する。一方、ヘインの病状を掴んだウンソンは、ヘインが記憶を失うことを利用しようと、彼らのあとを追いドイツへ渡る。

ヘインとヒョヌは、ヘインが記憶を失ったときのためにこれまでのことをそれぞれの想いを込めて記録として残すことにする。ヘインはノートにヒョヌへの愛を書き、ヒョヌはヘインへのビデオメッセージを録画するのだった。

本作でキム・スヒョンが2012年『太陽を抱く月』、2013年『星から来たあなた』に続く、3度目のシンドロームを起こす中で、多くの人がヒョヌを愛してやまないのは、キム・スヒョンの演技が、大袈裟ではなく繊細で、一見無表情な中に込めた「感情の宝庫」を余すことなく魅せてくれるからだ。悲しみ、怒り、寂しさ、戸惑い、ときめき、愛、強さに弱さと、キム・スヒョンが演じるとき、観るものは彼と同じ感情を共有してしまう。彼が泣くと涙し、彼がときめくとこちらもキュンキュンし、酔うとかわいくなる姿に悶絶する。

キム・ジウォンもまた、ツンデレなヘインの奥にある純真さと可憐さという、彼女が持つポテンシャルを最大限に発揮してみせている。キム・ジウォンにとって、ヘイン役はハマり役であり、彼女の俳優としてのキャリアを一段上のステージへと上げてくれるような運命的なキャラクターになったのではないだろうか。

パク・ソンフンもまた、ヘインとヒョヌの前に立ちはだかるヴィラン、ウンソンとして物語を盛り上げ、視聴者に憎しみを抱かせることに成功している。ヘインに執着するウンソンの歪んだ愛は、母への愛と執着の投影のようでもあり、彼もまたモ・スリ同様哀しい人生を歩んだ人物だ。俳優パク・ソンフンの確かな演技力が実証され、ヘインとヒョヌの愛を引き裂こうとするウンソンの姿に怒り心頭させられる。

物語は残すところ2話となり、ラストに向けてヒョヌとヘインに最大の危機が訪れた。ここからどんな風にストーリーが展開し、どれだけ感情を揺さぶられるのだろう。『涙の女王』が生み出した多彩な色を持つ涙の色を、最後までとことん味わい尽くし堪能したい。
(文=リアルサウンド編集部)

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