岡部たかし、 『虎に翼』で体現する“人間の複雑さ” 「おもろいと思われたい」が演技の軸に

「無実の人間はすぐに釈放される。朝になったら申し訳なさそうに帰ってくるさ、俺にはわかる」

寅子(伊藤沙莉)の父・直言(岡部たかし)が共亜事件に関わったとして逮捕され、不穏なまま第5週がスタートしたNHK連続テレビ小説『虎に翼』。兄・直道(上川周作)の言葉も虚しく、直言が家に帰ってきたのは逮捕されてから4カ月も後だった。しかも、直言は帰ってくるなり「俺はとんでもないことをしてしまった。お前たちに合わせる顔がない」と玄関で土下座。直言はいつもどこかおどけていて、銀行から連行された時にでさえ「心配しなくていいから」と笑顔を見せていたというのに、そんな面影は全くない。すっかりやつれてしまって、「申し訳なさそう」どころか、帰ってから誰とも目を合わせようとしなかった。こんな父親の姿は初めて見たのだろう。寅子も戸惑いの表情を見せていたが、弟の直明(正垣湊都)が終始、驚いた顔をしていたのが印象的だった。

直言を演じているのは、2作連続での朝ドラ出演となった岡部たかし。前作『ブギウギ』ではスズ子(趣里)の実家である銭湯「はな湯」の常連・アホのおっちゃんを演じていた。アホのおっちゃんは、実は梅吉(柳葉敏郎)とツヤ(水川あさみ)の花田夫妻が「はな湯」を開業した時の一番最初の客。そして入浴させて貰ったお礼として「はな湯」の屋根の上にある「ゆ」の字の看板を作った人でもある。しかもそれ以来、「義理と人情」をモットーにする花田夫妻により、銭湯をいつも無料で利用していた。アホのおっちゃんの本名が最後まで不明だったことを含めて、よくわからないけどおもしろい人であった。

今や数々の映画やドラマでなくてはならないバイプレイヤーとなった岡部。だが、4月28日に放送された『情熱大陸』(MBS・TBS系)で岡部は、売れた実感があるかと聞かれ「あんまりないんですよね」と答えていた。大切にするのは「自分がおもろいか、おもろくないか」ということだという。だからなのか、岡部はメディア出演が増えた今でも、ずっと続けてきた舞台への出演や自身が立ちあげた演劇ユニット「切実」の活動を精力的に行っている。さらに岡部は演技をする上での軸について「人間は複雑で滑稽やから、どの役を演じても『やっぱりおもしろい人間やな』と思われるようにしてますね」と語っていた。アホのおっちゃんはまさにこの軸に沿った役であったといえる。

「滑稽」とは、別の言葉でいえば「ユーモアがある」ということだ。寅子が最初のお見合い間近に家出を試み、「梅丸少女歌劇団に入ろうと思って」と言い訳した時、直言は「寅は歌も踊りも上手だからなー」と便乗して場を和ませようとした。こうして寅子に口では結婚を勧めるものの、母親のはる(石田ゆり子)ほどの真剣さはない直言は、いつも何かと話を反らそうとしてはるから叱られていた。そう、家にいる直言にはいつもユーモアがあった。

でも予審を終えて帰ってきた直言は、はるに対しても多くを語らず、ただ「すまない」と謝るだけだった。予審でどんなことがあったのかは詳しくわからないが、まるで人が変わったようだ。この違いこそ岡部の語る「人間の複雑さ」にあたるところなのだろう。直言は本当に罪を犯してしまったのか。やっていないならなぜ“嘘の自白”をしてしまったのか。そして、その自白をどうやったら覆すことができるのか。ここから先、直言に起こる内面の変化を岡部はどのように表現してくるのだろう。その演技に岡部の本領が発揮されるような気がしてならない。

暗い部屋で丸くなっている直言の指にはきらりと光るものがあった。はるとの結婚指輪である。猪爪家が大ピンチの今こそ、夫婦の絆、そして家族の絆が試される時だ。
(文=久保田ひかる)

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