ボイジャー1号のトラブルが一部復旧 探査機の状態示すデータの受信に成功

アメリカ航空宇宙局(NASA)が1977年に打ち上げた惑星探査機「ボイジャー1号(Voyager 1)」は、2023年11月14日から読み取り不能な状態のデータを送信するトラブルを抱えていました。このトラブルについて、NASAは2024年4月4日付の公式ブログへの投稿で原因を断定したことに言及。今後の復旧に楽観的な見通しを示していましたが、同年4月22日付のブログへの投稿にて、ボイジャー1号から探査機の状態に関するデータが正常に送信されていることを確認したと発表しました。

NASAは今はまだ送信できていない科学データについても、エンジニアチームが今後数週間以内に送信を再開できるような修正を行うと述べています。

【▲ 図1: 深宇宙を進むボイジャー1号のイメージ図(Credit: Caltech/NASA-JPL)】

■打ち上げから46年経ったレガシーシステムの「ボイジャー1号」

NASAの惑星探査機「ボイジャー1号」は、予定されていた木星と土星の探査を終えた後も、太陽系外縁部に関する貴重な科学観測データを送信し続けています。深宇宙に新たな探査機を送ることは費用も時間もかかるため、ボイジャー1号をできるだけ長く運用させる努力が続けられているのです。

しかし、電源として搭載されている原子力電池(放射性同位体熱電気転換器)の出力が低下し続けていることや、遠く離れた探査機と通信を行うNASAの通信網「ディープ・スペース・ネットワーク」でも通信できなくなるほど信号が弱くなることから、開始から46年が経過したボイジャー1号のミッションは2025年から2036年のどこかで終了すると予測されています。

また、半世紀近く作動し続けているボイジャー1号は探査機自体が少しずつ劣化しており、そのために運用状況に問題が生じることもありました。2022年5月には「姿勢および関節制御システム(AACS: Attitude and Articulation Control Subsystem)」が無意味な信号を送信するトラブルが発生しており、解消までに3か月を要しました。

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このように書くだけでは伝わりにくいかもしれませんが、半世紀も前の技術で作られたレガシーシステムであるボイジャー1号において、起きている問題の原因を突き止めて解消する作業は困難です。問題解決のために送信されたコマンドが別の致命的な問題を招いてしまう恐れがあることから、予期せぬ結果を避けるためには当時書かれた膨大な資料を読み込まなければなりません。

それに、ボイジャー1号は現在地球から約240億km離れており、送信したコマンドがボイジャー1号に届くまでに約22.5時間、返答が地球に届くまでに約22.5時間かかるため、コマンド送信の成否が判明するのは最短でも送信から約45時間後となります。光の速さという物理学の制約により、問題の解決には “物理的な” 時間がかかってしまいます。

■データがうまく送信されないトラブルが発生

【▲ 図2: ボイジャーに搭載されたFDSの外観写真(Credit: NASA-JPL)】

NASAは2023年12月12日付の公式ブログへの投稿にて、同年11月14日からボイジャー1号の通信内容に問題が発生していることを公表しました。問題が発生したのは、搭載されている3台のコンピューターの1つ「フライトデータシステム(FDS: Flight Data System)」です。FDSはボイジャー1号が観測した科学データや探査機の状態に関する工学データを「テレメトリ変調ユニット(TMU: Telemetry Modulation Unit)」というサブシステムを介して地球へと送信しています。

ところがトラブルの発生後、TMUは0と1が繰り返される意味不明なバイナリーデータを送信していました。問題の原因はFDS側にあることが判明したため、FDSを再起動して復旧を試みたもののトラブルは解消せず、エンジニアチームはより根本的な原因を調査しました。

そしてNASAは2024年3月13日付、および4月4日付の公式ブログへの投稿にて、FDSのメモリ全体の読み出しデータを受信できたことと、そのデータを分析した結果、FDSのメモリの一部が破損したことがトラブルの原因であると断定したと発表しました。メモリ破損のそもそもの原因は、1つのチップが経年劣化もしくは高エネルギー粒子による物理的な破壊によって機能しなくなったためではないかと推定されていて、対応には数週間かかるものの、機能しなくなったメモリを経由せずにデータを読み出す方法を模索することで、トラブルの解決は可能だとする楽観的な見通しをNASAは示していました。

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■5か月ぶりに一部復旧を達成!

2024年4月22日、NASAは実に5か月ぶりに、ボイジャー1号から送信された正常なデータを受信できたと発表しました。先述の通り、トラブルの根本的な原因はチップの1つが機能しなくなったことにあります。このチップはFDSのメモリの一部を格納する役割を担っていましたが、はるか遠方の探査機のチップを修復することはできないため、エンジニアチームは機能しないチップを経由せずにデータを取り扱う方法を模索しました。

データを取り扱うにはメモリに保存されたコードを経由する必要がありますが、今回のトラブルではチップの機能停止の影響を受けた一部のメモリが破損していて、そこに保存されたコードが使用できないことが、正常なデータ送信を妨げていました。トラブルを解決するには、問題のコードをFDSのメモリの他の場所に移し替える作業が必要です。ただし、生き残ったメモリには、問題のコードをそのまま保存できるほどの場所がありませんでした。

そこで、エンジニアチームはコードを複数に分割して、FDSのメモリの別々の場所に分けて保存することを試みました。この方法を使用すればコードの内容を生き残ったメモリに保存することが可能になります。その一方で、ボイジャー1号のコンピューターが分割されたコードをひとつながりのコードとして認識できなければトラブルは解決しません。そのため、ボイジャー1号へコマンドを送信する前に、複数の場所に保存されたコードが引き続き機能することなどを慎重に確認する必要がありました。

【▲ 図3: マドリード深宇宙通信施設の6台の電波望遠鏡がボイジャー1号からの信号を受信している様子。この配置自体は予定されていたものであるが、偶然にもボイジャー1号の復旧とタイミングが重なった。(Credit: Complejo de Comunicaciones de Espacio Profundo de Madrid)】
【▲ 図4: ボイジャー1号の復旧を祝し、担当チームのメンバーが祝賀会を催している様子。(Credit: NASA/JPL-Caltech)】

エンジニアチームは、送信するコードの内容と、ボイジャー1号のコンピューターが分割されたコードを認識できることを確認した上で、2024年4月18日にコマンドを送信しました。ボイジャー1号からの応答は同年4月20日に受信され、コンピューターがコードを適切に使用し、読み取り可能なデータを送信していることが確認されました。

■完全復旧はもう少し先

今回の復旧作業で受信に成功したのは、FDSから送信されるデータのうち、探査機の状態を示す工学データです。一方で、FDSが担当するもう1つのデータである計測された科学データについては、執筆時点ではまだ受信に成功していません。

エンジニアチームは、今後数週間かけてFDSのソフトウェアをさらに書き換え、科学データの送信が再開できるようになる作業を行う予定です。復旧に成功すれば、ボイジャー1号が計測している深宇宙の貴重なデータが再び得られるようになるでしょう。

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文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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