カリフォルニア州の税制に影響を与え「グラミー賞」アーティストの歌詞にも登場!? 〈野球選手〉の枠を越えた「大谷翔平」という社会現象

(※写真はイメージです/PIXTA)

今やその名前を知らない人はほとんどいない日本中…いや、全米も熱中するアスリート・大谷翔平。ライターの内野宗治氏によると、「大谷翔平は社会現象だ」と言い切ります。そこで本記事では内野氏による新刊『大谷翔平の社会学』(扶桑社)から一部抜粋し、“大谷翔平という社会現象”について論じます。

カリフォルニア州の税制にまで影響を与える男

大谷翔平という「社会現象」を通して、僕らが生きているこの日本社会について、さらには国際社会について考えてみよう、というのが本書の趣旨である。

大谷翔平が社会現象? 確かに大谷は日本を代表するアスリートで、その人気や知名度は群を抜いている。今や世界的にもスーパースターだ。とはいえ、たかが野球選手じゃないか、社会現象だなんて大袈裟な! と、訝かる人がいるかもしれない。でも、大谷が「たかが野球選手」の域をはるかに越えていることを示すエピソードはいくつもある。

たとえば2024年1月、日本でテレビ視聴率の調査などを行うビデオリサーチ社が「2023年に最も高視聴率を記録した番組トップ30」を発表したが、3月に行われた「野球の世界一決定戦」ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に関連する番組がランキングの1位から9位までを独占した(10位はNHK紅白歌合戦)。2023年のWBCが日本でこれほど注目されたのは、間違いなくチームの中心選手に大谷がいたからだ。

大会期間中とその前後、日本のメディアに大谷が登場しない日はなかった。アメリカとの決勝戦で9回表、大谷がマイク・トラウトから三振を奪って「侍ジャパン」の世界一を決めた瞬間、関東地区での瞬間最高視聴率は46%を記録した。平日の昼間にもかかわらず、テレビのある家の約半分で、大谷が勝利の雄叫びをあげるシーンが画面に映っていたということになる。

また、2023年12月に大谷がロサンゼルス・ドジャースと10年総額7億ドル(約1015億円)という超大型契約を結んだ際も、日本のメディアは大谷一色となった。ロサンゼルスの午後3時(日本時間午前8時)に行われた入団会見は民放各局で生中継され、NHKも8時15分に「朝ドラ」が終わるやいなや速報した。

ワイドショーは大谷に関する情報を「スポーツニュース」ではなく、政治経済、社会などと同列の主要ニュースとして扱った。大谷の超大型契約はアメリカのウォール・ストリート・ジャーナルやフォーブスといった経済メディア、イギリスのBBCなど国際的なメディアでも大々的に報じられた。

年俸「後払い」契約への反応が日米で真逆になっているワケ

さらに、大谷とドジャースの契約は双方の合意により、年俸総額の97%が契約期間満了後の2034~2043年に「後払い」されるという異例の内容だったが、この契約内容が思わぬ物議を醸した。

ドジャースが本拠地を置くカリフォルニア州の会計監査官が、大谷の契約について「無制限の後払いは税の公平な分配を妨げている」との声明を発表し、税制の見直しを要求したのだ。

通常なら1年ごとに支払われる年俸の大部分が後払いとなることで、大谷が州に納付する税額が減り、結果として州の税収が減ることを問題視したのだ。金額が巨大なためにその影響は大きく、もし大谷が後払いされる期間にカリフォルニア州外へ転居した場合、州は9,800万ドル(約141億円)の税収を失うとのことだった。

カリフォルニア雇用・経済センターの試算によると、この金額は2021年における納税者の下位178万人分に相当する。

大谷が年俸の大部分を「後払い」で受け取ることは、日本では「自分を犠牲にしてチームの財政を助ける」美談として扱われたが、アメリカでは逆に「税の公平な分配を妨げる」身勝手な行為と見なされたのだ。

貧富の差が激しいアメリカでは、大谷のような高給取りにはガッツリ稼いでもらい、そのぶんたくさん税金を収めてくれ、という話になるのだろう。いずれにしても大谷の超大型契約は、アメリカ財政に関わる議論にまで発展したのだ。ここまでくるともう「たかが野球選手」とは言えない。社会的な影響力は、スポーツやアスリートの域を越えている。

スペイン語のラップに登場した“Ohtani”

実際に大谷は2021年、アメリカの有名雑誌である『TIME』が発表した「世界で最も影響力のある100人」に選出された。

同誌が毎年発表しているこのリストは「アイコン」「リーダー」「アーティスト」など6つのカテゴリーに分かれており、大谷は「アイコン」部門で選ばれた。

同じ「アイコン」部門にはほかにヘンリー王子とメーガン妃のサセックス公爵夫妻、歌手のブリトニー・スピアーズ、テニス界のスター大坂なおみら、そうそうたる顔触れが並ぶ。「リーダー」部門ではアメリカのジョー・バイデン大統領やドナルド・トランプ前大統領らが名を連ねた。

ちなみに、このリストの「アーティスト」部門に選出されたプエルトリコ出身の世界的ラッパー、バッド・バニーは2023年、スペイン語で歌う新曲の歌詞にこんな一節を乗せた。

“Pichando y dando palos como Ohtani”(オータニのように投げて打つ)

大谷の名前が、グラミー賞アーティストの歌にまで登場したのだ(しかもスペイン語で)。

意図せず「社会現象」と化した“大谷翔平”

大谷と同じ1994年生まれのバッド・バニーは、英語ではなくスペイン語の歌詞にこだわるという、グローバルな成功を収めたラテン系ミュージシャンとしては異例のスタイルを貫いている。

アメリカや英語圏の文化に迎合するのではなく、自身が生まれ持つ文化的アイデンティティを前面に出しながら世界的に成功を収めた点は、大谷が変にアメリカナイズされることなく「日本人」のまま活躍している姿にも通じる。ちなみにバッド・バニーは大の日本好きとして知られている。

たとえば「与那国」をテーマにした曲を発表したり(曲名はズバリ「Yonaguni」)、マイアミで日本食レストラン「Gekko(月光)」をオープンしたりしている。バッド・バニーが大谷について歌ったのは、彼が親日家であることと関係があるのかもしれない。

純度の高いラティーノ文化をアメリカで大ヒットさせたバッド・バニーと同じく、アジア人の大谷はアメリカでは「人種的マイノリティ」のレッテルを貼られる。アメリカで近年、黒人差別に抗議する「ブラック・ライブズ・マター運動」や女性の人権を訴える「#Me Too運動」が盛り上がったことは記憶に新しい。

人種や性的マイノリティへの差別撤廃を訴えるリベラルな価値観が支配的な今日のアメリカで、大谷の活躍は「アジア人アスリートの成功」という文脈で語られることは避けられない。

そういう意味でも大谷の存在は、本人が意図せずして「社会現象」になってしまっている。

内野 宗治

ライター

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