【SCS推進チーム】ベストパフォーマンスを発揮する上で必須となる、食品栄養を含めたトータルコンディショニング

どれが必要かではなく、どれも必要なもの

選手が目指すのは、試合で最高のパフォーマンスを発揮すること。

Bリーグに誕生した「SCS推進チーム」は、リーグのレベルアップを目指し、日本バスケットボール界全体の底上げのために様々な分野の専門家が参画している。多くのスペシャリストがいることは非常に心強い。そしてBリーグではそれら一つ一つを繋いでいくことも重要だと考えている。医学博士にして米国アスレティックトレーナー資格認定委員会公認アスレティックトレーナー、米国スポーツ医学会認定エクササイズフィジオロジストという肩書きを持ち、アメリカで培った現場経験を元に多くのトップアスリートを担当している酒井リズ智子氏が、SCS推進チームで推し進める「トータルコンディショニング」は“一つ一つを繋いでいく”ものと言える。

選手たちが日々、さまざまな練習に取り組むのは、試合で活躍できるコンディションを作るため。しかし、「コンディショニングという言葉は多くの要素があり、とても領域が広いものです」と酒井氏は説明する。「選手によっては、その内のいくつかだけに注力している場合もありますが、すべての要素を全体的に調整するからこそ効果は上がるもの。だからトータルコンディショニングが大切なのです」。効果を上げるうえで不可欠となる“トータルコンディショング”とは、どんなものなのか?

上記の図はコンディショニング・ピラミッドと呼ぶもの。頂点にあるベスト・パフォーマンスを発揮するためには様々な下支えが必要になる。最も下の段にあるのは「身体と骨格(姿勢)」。その上段にあるのが「パフォーマンスを支える土台」で、運動機能に必要な栄養素(水分を含む)、睡眠、メンタル、疲労回復力など、体が持つ力を発揮するための要素と考えていい。その上段には土台を上手く動かすための「フィジカルトレーニング」(筋力、敏捷性、バランス力、知覚・視覚、協調運動など)があり、さらに上には「スキル・(選手としての)個性」がある。骨格に必要十分な栄養摂取、睡眠や疲労回復、そして筋力などがプラスされ、トレーニングや技術などが掛け合わさることで、ベスト・パフォーマンスに達する。どれが必要かではなく、どれも必要なものなのだ。

トータルコンディショニングの指導を行ううえでは、カウンセリング、メディカルチェック、栄養チェック、フィジカルチェックと4つを実施。そして (1)トレーニング(骨格筋の機能改善や動作解析処方)、(2) 食事指導と栄養・サプリメントの処方、(3)休養・睡眠(疲労回復やメンタル管理)と3つの側面でアドバイスをしていくことが、シーズンを通してのベストパフォーマンスを作り上げるプロセスになるという。その中でも酒井氏が「ないがしろにしているアスリートが少なくない」と指摘しているのが食事(栄養)だ。栄養は体を強く作り、疲労回復させ、効率的に動かすために必要なもの。運動前中後に適切な栄養を摂取し、質の高い休養を適切に取ることで運動前よりも体の機能が上昇する超回復という現象も起こる。もし必要な栄養を摂取できなかったら、運動前よりも機能が低下してしまう。それが続けば、体調不良やケガというパフォーマンス能力を下げる要因を生み出すことにもなりかねない。

「大事だと分かっていても、的確なタイミングで的確な量を摂取するというのはなかなか続けられないことなのです。だから練習コートやクラブハウスなど、選手の動線にドリンクや食品を置き、さらに目安となる資料を掲示することが理想だと思います。アスリートは一般人と異なり、脱水量が多く基礎代謝も高い。だからこそ水分、エネルギー源になる栄養素、体を作る栄養素、代謝円滑、活性酸素除去などの栄養素、免疫を上げるための栄養素を取ることが大切です。試合の時間に合わせて食事内容を調整し、サプリメントの力も借りることになります。適切な食事もトレーニング同様、体作りの大事な要素の一つ。コツコツ続けることで必ず体が変わったと感じる瞬間が来ます」

酒井氏は元々プロバスケ選手を目指して渡米したものの、同じ箇所を故障する不運に遭って選手をあきらめた経験がある。「自分の自己管理能力が足りていなかった事も原因ではありますが、現場での専門的かつ的確なアドバイスをメディカルスタッフから充分に得られなかったという思いがあります」。自分のような選手を生みたくない、アスリートを救いたいということからアスリートたちを現場でサポートする仕事に就いた。修行時代にNBA、MLBの現場も経験する中で重要だと感じたのが、“一つ一つを繋ぐ”のもう一つの意味、「情報のブリッジング」である。

現状、クラブで選手を助ける存在としては、主にケガの予防や応急処置を担うAT(アスレティックトレーナー)、動作改善やリハビリを担うPT(理学療法士)、筋力などを強化するSC(ストレングス&コンディショニングコーチ)、技術・スキルを指導するAC(アシスタントコーチ)などのスタッフがいる。各々のスペシャリストが、選手のステップアップのために日々仕事をしているわけだが、ベストパフォーマンスを発揮するためには、個々のスペシャリストが持つ情報をブリッジングしていくことが重要になる。キーマンとなるのは“ゼネラリスト(広範な経験や知識、情報を持つ人)”。クラブでは、その名のとおりゼネラルマネージャー(GM)になる。

「例えば、とあるNBAやMLBのチームでは数日おきにGMが中心となって各トレーナー、ヘッドコーチ、AC、ドクターらが集まって情報共有を行っていました。各自が持つ情報を共有し、キーマンとなる人間が把握することはとても大切だと考えています」と酒井氏は語る。選手の情報を全体で把握することで、ヘッドコーチによる選手起用、各トレーナーによるトレーニング、リハビリ、メディカルスタッフによる治療などを適切に進めることができるわけだ。

大塚製薬との連携による体制拡張

ここでSCS推進チームの中で「食品栄養」を担当する大塚製薬を紹介したい。2020年、Bリーグのサポーティングカンパニーとなった同社がサポートしたいと考えていたのが、Bリーグとの連携による地域社会・生活者の健康づくり、そして選手のコンディショニングだ。コンディショニングにより選手個々のパフォーマンスが向上すれば、チーム強化はもちろんのこと、Bリーグや日本バスケ全体の発展に繋がる。より充実した体制を整えることが重要と考える中で、食品栄養を担当するだけでなく、メンタルを担当する伊豫雅臣氏(国際医療福祉大学・精神医療統括教授)、そしてトータルコンディショニングを担当する酒井氏を紹介することになった。

同社の小﨑順平氏は「選手のコンディショニングに、食品栄養のアプローチは欠かせません。選手やチームスタッフが、科学的根拠をベースとした正しい知識を持ち、実践することができる体制や環境作りを、Bリーグや各クラブと連携して進めていきたいですね。また、コンディショニングは様々な要素・領域が影響を及ぼすものですので、リーグで統一したメンタルサポートや、医療を含めた各領域をトータルで考えることができるゼネラリストの存在も、必要であると考えていました」と語る。同社としては、未来を担うユース選手をはじめとする、子どもたちのコンディショニングや食品栄養のリテラシーを向上させたいという想いもあり、「まずは、子どもたちが自分自身のコンディションに興味を持つきっかけ作りから始めたいと考えています。ユース世代で正しいコンディショニングの基礎を築くことは、大学生やプロ選手になった時に、大きなアドバンテージを持つことに繋がります。食品栄養の観点では、なぜこれを食べるのか? なぜこのドリンクをこれだけ飲む必要があるのか? というようなことを理解したうえで、食事や栄養摂取ができるようになってもらいたいですね。これさえ行えばOKといった魔法のコンディショニングは存在しません。将来、自分がどうなりたいのかを考えたうえで自ら学び、行動に移すことができる選手になるためのサポートを行っていきたいです」と、Bリーグだけでなく、未来の金の卵に対してのアプローチも行っていきたいと説明。また、「SCS推進チームの先生方が持つ専門的な知見をもとにした取組みを具現化し、選手、クラブ、リーグがそれを当たり前に実践すること。そして、それを子どもたちにまで広げていく。Bリーグが先頭に立って進めていくことで、日本バスケの発展に繋がるはずです。さらに言うと、最終的には日本全体の健康に繋げていきたいです」と語っている。

酒井氏も同様にBリーグを目指す未来の選手に対しての思いを語る。

「ユース、若年層も栄養と休養をしっかり管理してほしいですね。特に子どもたちは筋トレで筋肉を大きくすることよりも、オンコートでいかに上手にパフォーマンスするかが大事だと思っています。それと、たくさん上手な選手のプレイを見て真似て神経を活性化させること。脳に記憶させてイメージをすることは、ユースレベルでは絶対に必要です。まずはBリーグの中でコンディションの悪い人を一人でも少なくすること。そのうえで、もっと金の卵を生むためにも、SCS推進チームの影響が学生やユースまで広まるといいですね」

個々のスペシャリストが持つ知見の一つ一つを繋ぎ、コンディショニング・ピラミッドを基礎から強固に構築して競争力を上げる。酒井氏が指摘する“選手を助ける体制”を整えることで、選手たちはポテンシャルを発揮しやすくなる。Bリーグは「B.革新」を通じて“クラブの事業力において世界2位のリーグになることを目指す”と宣言した。それは、選手のパフォーマンスアップなしには考えられないものであり、クラブに対し、さまざまな分野のスペシャリストの配置を義務付け、一つ一つを繋いでコンディショニング・ピラミッドの形成を目指す。目標実現のためにも、各クラブが世界レベルの体制を整備することは急務となるだろう。

※この原稿は月刊バスケットボールWEB()に掲載されたものです

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