2020年7月の豪雨被害で八代(熊本県)-吉松(鹿児島県湧水町)の不通が続く肥薩線。八代-人吉(熊本県)の「川線」は鉄路での復旧が現実味を帯びる中、鹿児島、宮崎、熊本3県をまたぐ人吉-吉松の「山線」は何も決まらないままだ。JR九州は3県を交えた議論の場を設けたい考えを示す。3県とも全線復旧を望むものの、JR側が重要視する「日常利用の創出」が今後の鍵となりそうだ。
大型連休中の4月29日、肥薩線と吉都線が走る吉松駅は、無人駅ということもあり人の気配はなかった。しばらく歩くと、都城市へ向かう吉都線の列車の横で、肥薩線の線路が草木に覆い隠されていた。駅前で銭湯と商店を営む能勢秀昭さん(75)は「週末や連休は観光客でにぎわっていたのが懐かしい」と振り返る。
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川線は4月3日、JR九州と国、熊本県の3者会合で鉄路復旧を基本合意。鹿児島県の塩田康一知事は19日の会見で「山線は地域住民にとっての足であり、観光産業の重要なインフラ」と、公では初めて山線の鉄路復旧へ意欲を見せた。
肥薩線の被害件数448件のうち、川線は419件、山線は29件。県別では鹿児島1件、宮崎0件で、橋梁(きょうりょう)や駅舎の流失といった被害の甚大な川線議論を先行した経緯がある。JR九州はこれまで「川線と山線は一体」との考えを示しており、宮崎県総合交通課は「当然復旧してもらえると信じている」と力を込める。
JR九州が示す復旧費は約235億円。川線と山線の内訳は試算していないというが、同社担当者は「(山線の被害額は)かなり小さい」と推測する。ただ19年度、山線の1キロ当たりの1日平均乗客数(輸送密度)は106人。被災前から年3億円前後の赤字で、復旧費に関わらず同社が二の足を踏む大きな要因だ。
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川線では、自治体が駅舎や施設を保有しJRが運行を担う「上下分離方式」を想定する。維持管理にかかる約75億円(10年間)は、県が70億円を負担し残りを関係12市町村が捻出。このほかにも駅周辺の2次交通の充実や職員の公務利用といった復興方針案も提示しており、同県の担当者は「熊本の強い決意がJRを動かした」と胸を張る。
JR九州の古宮洋二社長も4月25日の会見で、川線の基本合意を「(熊本県の)マイレール意識が判断材料として大きい」と評価。一方で、「日常利用がほぼゼロ」と指摘する山線については「利用客が減れば鉄道として動かす意味がない」とけん制する。
新たな議論の場や日常利用の創出について、鹿児島県の竹内文紀地域政策総括監は「まだ何もかも未定。関係自治体やJRの考えにしっかり耳を傾けたい」と話す。湧水町観光協会の永峯周作会長(72)は「採算性を問われると返す言葉がない。ただ、廃線になれば間違いなく地域の過疎化を加速させる。どんな議論になるのか」と危機感を募らせた。