【コラム・天風録】鈴が鳴る道

 わずかに動く口で筆をくわえる詩画家、星野富弘さんと対談中、傍らの妻に作家の三浦綾子さんが水を向ける。夫婦げんかはするの―。「あまり無い」との答えに感心する三浦さんに種が明かされる。「けんかしそうなときは口に筆をくわえさせちゃって」▲「三浦綾子対話集1」(旬報社)から引いた。死線をさまよう星野さんへの恋心に戸惑って、結婚前には「愛することをやめさせてください」と神に祈った人である。冗談交じりに話せるまで至った夫婦の軌跡を思う▲それほど愛され、そして愛した星野さんが78歳で亡くなった。不慮のけがで手足の自由を失い、闘病中に見つけた絵手紙風の詩画が生きがいとなった▲野の花を好んで描き続けたが、野道は苦手だった。電動車いすだとガタガタ揺れ、「脳みそがひっくり返る」感じがしたらしい。ある日、車いすに鈴をぶら下げてみると、「チリーン」。鳴る鈴に心洗われるようになり、凸凹道が楽しみに変わった▲随筆に書いている。〈人も皆、この鈴のようなものを、心の中に授かっているのではないだろうか〉。平らな道で鈴は鳴らない。人生の凸凹道でうつむく心に、詩と絵で鈴を思い出させる人だった。

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