編集者・柿内尚文、多忙な仕事人生を経て気づいた「時間」の真価 「人生で一番大切な仕事は、思い出づくり」

数々のベストセラーを手掛けた編集者・柿内尚文氏が人生を豊かにするための時間の使い方について論じた注目書が刊行された。題して『このプリン、いま食べるか? ガマンするか? 一生役立つ時間の法則』(飛鳥新社)。人生の時間は「幸福の時間」 「投資の時間」 「役割の時間」 「浪費の時間」の4つに分けることができるとし、それを意識することが大事なのだと力説する。「時間について考えることはどう生きるかを考えること」だと語る柿内氏に、時間との向き合い方についてインタビューした。(編集部)

■「編集」の視点で時間を見直す

ーー本書は「編集」の視点で時間を見直すというテーマでした。編集とは 「価値を発見する × 価値を磨く × 価値を伝える」こと、つまり「価値づくり」の仕事であると書かれています。その技法を用いて「時間の価値」をあらためて発見し、伝えています。なぜこのようなテーマにしましたか。

柿内:個人的な話なんですが、50代になってから人生に限りがあることを実感しました。もちろん誰しも認識していると思いますが、それをリアルに痛感するようになったんです。若い頃は、仕事も遊びも「寝ないで頑張ればいいや」と考えていましたが、最近は睡眠を削ると次の日がダメになってしまう。つまり、年を重ねるにつれて、時間はどんどん限られてくるものだとわかってきました。

そうした中で、時間をどのように使うかはすごく大事なことだと考えるようになりました。それを本にまとめて、若い世代をはじめとした読者の方に伝えたいと思ったんです。新しいことを提示するというよりは、すでになんとなく感じていることを言語化することによって、それを再発見してもらえたらと。

ーー本書では時間にまつわる悩みは3つに集約できると指摘していました。つまり「満足いく時間が送れない」「忙しくて時間が足りない」「時間をどう選択したらいいか」。ぜひそれぞれについて聞きたいのですが、まず「満足いく時間が送れない」については、自分の時間を「幸福の時間」「投資の時間」「役割の時間」「浪費の時間」の4つに分けて、ポートフォリオを作って見つめ直すことを勧めていました。その上で理想と現実のギャップを埋めていくことが大事だそうですね。

柿内:いろいろな事象が複雑に絡み合っているなかで、一度それを言語化して見える化することがとても大切だと思っています。編集者的な視点なのかもしれませんが、ものを考えるときにそれが何で構成されているかを分解する癖があるんです。

時間というものを分解してみると、その4つの時間にわかれています。手帳に「自分の時間」の予定を書いたとしても、その時間価値が何なのかまで俯瞰して考えることはあまりありませんよね。でもそれをポートフォリオにして整理してみることで、自分の時間価値とは一体何なのかを認識することができるんです。

ーー本書タイトルの通り、プリンの事例で説明していましたね。

柿内:僕はプリンが好きなので題材に選びました(笑)。例えば、ダイエット中にたまたま入った喫茶店でメニューにプリンがあったとして、それを食べるのかどうか。そんな葛藤があった時にどのように判断すればいいでしょうか。そこで今はどういう時間を選択するべきかと考えるわけです。

毎日が「幸福の時間」だと思って好きなだけプリンを食べていたら、ダイエットは成功しないでしょう。そうではなく、昨日は「幸福の時間」をとったから、今日はダイエットのために食べるのはやめる=「投資の時間」にしようと考えてみる。あるいは、最近「投資の時間」ばかりだったから、今日は自分へのご褒美として「幸福の時間」をとるためにプリンを食べよう。そのように、自分の時間価値を俯瞰して見える化することで、何を選択したらいいのかが判断できるようになるんです。単純に「我慢しよう」などとやっていると、段々辛くなってきますから。そこにバランスをうまく取り入れるために、自分の時間をポートフォリオにして見つめ直すことが大切なんです。

■選択基準がはっきりしていると楽に判断ができる

ーー2つ目の「忙しくて時間が足りない」という悩みについては、まずマルチタスクをやめてシングルタスクにすることの重要性を説いていました。

柿内:人の脳は元々マルチタスクに向いていないところがあるんです。それをシングルタスクにしていくことによって、時間の価値を高めることができます。目の前の物事にできるだけ向き合ったほうが、結果としては時間価値が上がって、多忙感も消えていくだろうと思います。

ただ、人間はシングルタスクに飽きるものでもある。そういうときには柔軟にマルチタスクを取り入れることも必要ですね。「今はどちらがいいかな」と自在にコントロールしていくと、いいバランスになっていくと思います。

ーーまた、個人的にとても響いたのが、感情の乱れは時間の大敵だという指摘でした。確かに、誰かに頭にきたりするとそのことばかりを考えてしまって、時間を無駄にしているように感じます。

柿内:そうなんですよ。頭にくるようなことをされたのに、さらに大切な時間まで奪われてしまうという、二重罰のような状態になっている。しかもそう考えれば考えるほど、ドツボにハマっていく。

そんな時は絶対に気持ちを切り替えたほうがいいです。もちろんそんな簡単に切り替えることはできないかもしれない。でも「ネガティブな感情によって時間が奪われている」と言語化して意識を向けることで、何らかの行動を起こして気分を変えることができるはずです。僕の場合は、たとえば会社で嫌なことがあっても、会社を出たらすぐにもう忘れるようにするように心がけていますね。

ーー最後は「時間をどう選択したらいいか」という悩みでしたが、選択する上で考慮する視点が7つ紹介されていました。つまり「後悔しないかどうか」「体験価値が高いかどうか」「体と心の声に従っているか」「幸福度が高いかどうか」「投資価値があるかどうか」「人に喜んでもらえるかどうか」「心地よいかどうか」と。

柿内:今でも僕自身、時間を無意識に選択してしまって、あとから後悔することがあるんです。例えば、何となく場の空気感に流されて仕事を引き受けてしまって、あとから大変になってしまうことがあります。そこでは自分の選択基準を持っておらず、その場の選択基準が自分の基準だと勝手に思い込んでしまっている。

やはり、自分が何を大切にするのかの軸を持っていれば、咄嗟の判断も間違えにくくなると思います。ちゃんと「断る」という選択肢が取れるはずなんです。わかりやすい例をあげれば、ダイエット中であっても目の前にたくさんの料理が出てきたら、食べ切るという選択をしてしまいがちです。咄嗟の判断で「もったいないし食べてしまおう」と考えてしまう。でも、しっかりと自分の基準を持っていたら「食べきらずに残そう」という選択肢だってできるはずです。自分にとって、捨てるもの/拾うものの基準値をしっかり持っておきたいですね。

最近、僕は人に飲み会など誘われても、いま忙しいな、時間をかけられないなと判断すれば、断れるようになってきました。これができると楽になりましたね(笑)。昔は飲み会もしょっちゅうで無理して行くようにしていたんですが、ある時から選択基準をもって判断するようにしてきました。

■一番大切な仕事は、思い出づくり

ーー本書では「人生でしなければならない一番大切な仕事は、思い出づくりです。最後に残るのは、結局それだけなのですから」(ビル・パーキンス)という言葉を紹介していて、印象に残りました。

柿内:これは世界的ベストセラーになった『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)からの引用なんです。すごくいい本だと思いますし、特にそのように言い切ってくれたことがすごくよかった。

昔、あまりに仕事で多忙すぎた時期のことを思い出すと、記憶が消えているようなことがあります。もし人生の最後に自分の人生の走馬灯を見ることがあったとしたら、一体何を振り返るでしょうか。忙しさのあまり出来事がすぽっと抜けてしまっていてはもったいないですよね。そこで思い出せるのは何かといえば、「過去の自分が出合った事柄」=「思い出」だと思います。そのためには思い出をちゃんと作ることを、言語化して意識することが大事です。一回の食事でも旅行でも、思い出にちゃんと変えようと真剣に考えてみる。もちろん、急なハプニングが思い出になることもあるでしょう。いずれにせよ、普段から意識をしていくと思い出ができやすいと思います。

旅行であればマルチタスク的なプランではなくて、シングルタスク的なプランのほうがいいですね。あれもこれもと予定に入れていくのではなく、目的を明確にしていくわけです。例えば、一杯のラーメンを食べるために、友達と一緒に車で関西まで行く。そういう体験は思い出に残るんですよ。そのラーメン自体が美味しかったかどうかは実は重要ではありません。そこまでのプロローグとしての過程が徹底的に面白くなっていく。そのようにできるだけシングルタスク的な発想でトライしてみると、いい思い出がたくさん残るように思います。

(松田広宣)

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