大ヒット作『涙の女王』でもっとも美しかったのは、第9話でクイーンズ財閥一家とヒョヌ一家が庭の縁台でいっしょに食事した場面だと思う。
縁台は韓国語で「ビョンサン」という。屋外で飲み食いしたり、休憩したり、農作物を干したり、キムチを漬けたりするときに使われる。ソウルなど都会ではなかなか見られなくなったが、下町や郊外のシュポの前でたまに見ることができる。(以下、一部ネタバレを含みます)
■『涙の女王』で2つの家族の関係をフラットにしたヒョヌの実家の縁台
『涙の女王』第9話、縁台での会食が始まったものの、都落ちした財閥副会長(チョン・ジニョン)やその妻(ナ・ヨンヒ)をはじめとする一家は意気消沈しているし、それを受け入れなければならないヒョヌ(キム・スヒョン)一家もなかなかリラックスできない。
しかし、ヒョヌオンマ(ファン・ヨンヒ)が作ったテンジャンチゲを副会長が口にして、心から「おいしいです」と言うと雰囲気は少し和む。
そのあと、ヘインの弟(クァク・ドンヨン)が空気を読まず、「食欲がない」とか「ミネラルウォーターがほしい」と言って場を白けさせるが、縁台での会食は二つの家族の距離を縮めるのに必要な儀式だった。
その後も、縁台は二つの家族の交流の場として何度か登場する。縁台はその形状通り、フラットな人間関係を醸成する場なのである。
■縁台のリラックス効果
2021年の映画『夏時間』(Prime Videoなどで配信中)には、主人公(チェ・ジョンウン)の父(ヤン・フンジュ)と妹(パク・ヒョニョン)がシュポ(小さな食料雑貨店)の店先の縁台で缶ビールを飲みながら、家族の問題を腹を割って話す場面があった。
また、2017年の映画『アイ・キャン・スピーク』(Prime Videoなどで配信中)では、主演のナ・ムニと『捜査班長 1958』のイ・ジェフンと『マスクガール』のヨム・ヘランが、シュポの縁台でマッコリを飲みながら談笑するシーンがあった。
縁台は、苛烈なスペック競争(家柄、コネ、格差、学歴、語学力、投資熱、外見至上主義など)に疲れている人々の心を解放し、「本当の幸せとは何か?」を考えさせる舞台装置なのだ。
昔ながらの縁台の姿は、2005年に800万人以上を動員した大ヒット映画『トンマッコルへようこそ』で確認できる。朝鮮戦争勃発後、チョン・ジェヨン扮する北側兵士とシン・ハギュン扮する南側兵士が山奥の平和な村で出くわすが、縁台を中心とした広場で少しずつ警戒心を解き、家族のようになってゆく映画である。
家族が縁台でくつろぐ習慣は韓国と北朝鮮共通だ。
筆者が翻訳を担当した脱北者の本(『ボクが捨てた「北朝鮮」生活入門』金起成・著、鄭銀淑・訳)の取材でも、著者は、「夏は茹でたトウモロコシを食べながら星空を眺めるのが最高の楽しみだった」と、縁台の思い出を語っていた。
日本のみなさんもソウルの郊外や田舎で縁台を見かけたら、ぜひそのリラックス効果を確認してみてほしい。