Netflix映画『シティーハンター』成功の理由とは? 原作漫画やTVアニメから受け継いだもの

80年代の漫画作品の中でも伝説級といえる、北条司の人気漫画『シティーハンター』。週刊連載とはおよそ信じられない密度で、充実した作画による制作を続けただけでなく、少年誌としては大人っぽいハードボイルドな題材を描いたチャレンジングな内容が、多くの読者を魅了することとなった。また、アニメーションスタジオ「サンライズ」らによるTVアニメ作品も広く人気を呼び、主に1980年代の後半を彩るとともに、現在までに様々な関連作品、劇場公開作品、海外リメイクなどのシリーズが現在進行形で次々に制作されてきているビッグタイトルである。

そんな『シティーハンター』が、Netflixの映画作品として、また新たな足跡を残すこととなった。新宿を根城に依頼人のボディガードや犯罪組織との熾烈なバトルを繰り広げる始末屋(スイーパー)で、「シティーハンター」の異名をとる冴羽獠を演じるのは、長年の間この役を演じることを切望していた鈴木亮平。獠の相棒である槇村秀幸に安藤政信、その妹・槇村香に森田望智、さらに獠とは腐れ縁の刑事・野上冴子役には木村文乃がキャスティングされ、令和の新宿を舞台にハードボイルドで、ときにコミカルなドラマが繰り広げられる。

『ONE PIECE』や『幽☆遊☆白書』など、“ジャンプ掲載作品”の人気漫画を実写映像化するという高いハードルを、完成度の高さでクリアして好評を得ているNetflixだが、この本作『シティーハンター』も、ファンの大きな期待に応える出来栄えとなった。ここでは、本作を原作漫画、TVアニメなどと比較しながら、その成功の理由や、過去から受け継いでいるものについて考察していきたい。

もともと原作漫画は、劇画に近いリアルなテイストの絵柄であり、海外のアクション映画など実写作品からの影響を感じる作風であることから、もともと実写化に向いた題材だといえるだろう。これまでもジャッキー・チェン主演の香港版『シティーハンター』(1993年)、フィリップ・ラショー主演のフランス版『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』(2019年)が公開されている。日本では上川隆也主演で関連作となるドラマ『エンジェル・ハート』(日本テレビ系)が放送されたが、『シティーハンター』としての実写作品は、本作が日本初となる。

「『シティーハンター』が人生の教科書」だと語る鈴木亮平は、17歳で初めて上京したとき、作中で冴羽獠に依頼人が連絡を取るための重要な場所として知られる、新宿駅東口の掲示板を探したが、すでにそのときには撤去されていて、駅員に「伝言板はない」と教えられショックを受けたのだという。その後、役者としてキャリアを積むなかで、「日本版シティーハンターを演じたい」とブログに熱意を綴ったり、原作者・北条司との対談を実現させるなど、彼は作品へのかかわりを深めてきた。

2017年には、一度鈴木を主演とした『シティーハンター』実写化企画が持ち上がり、紆余曲折を経て、2022年11月末に撮影開始、2024年に世界配信開始となった。今回の企画は、鈴木の積年の夢がついに叶ったということなのだ。それだけに、本作での鈴木の熱意は尋常のものではなく、『ストロベリーナイト』(2013年)などを手がけてきた本作の監督・佐藤祐市や、アクション監督の谷本峰、衣装や美術スタッフとも話し合い、原作のテイストを活かしながら実写作品としての完成度を高めていったのだという。それを知れば、これまでの蓄積はもちろんのこと、まわり道をしたことすらも準備期間としての意味があったのだと思える。

原作で描かれる冴羽獠というキャラクターの最も大きな特徴は、“極端な二面性”ということになるだろう。無類の美女好きで、絶えず女性に迫っているという見境のなさで、依頼人に呆れられたり、相棒となる香に100tハンマーの制裁をくらうのが獠の日常だ。しかし依頼人のピンチや、命がかかった状況においては、クリント・イーストウッドが演じた『ダーティー・ハリー』シリーズの刑事ハリー・キャラハンを想起させるようなシリアスで冷徹なキャラクターへと激変し、鮮やかな身のこなしと常識を超えた巧みな銃撃スキルで脅威を排除するのだ。この危険を顧みず依頼人の女性を護衛するギャップのある姿が、多くの女性ファンを生む要因ともなった。

そんな二面性を、令和の時代にあわせた形で、鈴木は予想を超えるほどの完成度で演じている。とくにコミカルなシーンの真骨頂といえる、獠の裸踊りの場面は、原作をもとに鈴木が自ら提案し、肉体美を披露するに至っている。鍛え上げられた筋肉で覆われているだけに、卑猥な印象に陥るところがないのは、鈴木ならではというところだろう。このシーンを採用した理由の一つには、女性の性的な面を強調する描写もある本作において、男性側が体を張らないのはアンフェアだという意識があったと鈴木は語っている。

一方でシリアスな演技では、徐々にその真価を見せていくよう段階を踏んでいき、クライマックスのガンアクションに至っては、ただクールなだけではなく、獠の凄絶な過去を暗に感じさせる、非情なまでの冷然さと凄みを見せることになる。しかも、その一つひとつの演技には、漫画原作やTVアニメが描かれてきた個性がそれぞれにサンプリングされているのも伝わってくる。原作ファンであるほど、アプローチの難度の高さ、作品への愛情の深さが理解できるはずである。

もちろん、演技の見どころは鈴木が演じる獠ばかりではない。獠と槇村秀幸がそうだったように、新たに香が特別な“バディ(相棒)”になる瞬間が、槇村兄妹のセリフと獠の表情によって表現されるというアンサンブルが用意されている。このような人間ドラマが、アクションに差し挟まれることによって、活劇のなかに奥行きやエモーションが生み出されているのだ。また、香が巨大なハンマーを振り回して獠を追いかけまわすようになる経緯が、意外なかたちでユーモラスに描かれるところにも注目したい。

他に見どころとなっているのが、新宿歌舞伎町での撮影だ。日本の都市部では撮影の許可を取るのが難しく、とくに人通りの多い場所で俳優が走るなど大きな動きを撮るのは、非常にハードルが高いことが知られている。本作では、深夜から朝方にかけての閑散とした時間を狙い、400人ものエキストラを動員して、「歌舞伎町一番街」や、通称「ゴジラロード」、「トー横」で、安全性を確保しながらの大規模撮影が敢行されている。このような苦労を経て新宿の雑踏で走る絵を撮っているからこそ、新宿を象徴とする『シティーハンター』の世界のなかに自然と入っていけるのである。

そう、ハードボイルド作品は、やはりそういったディテールこそが命なのである。獠の愛銃であり、伝説的ガンスミス(銃職人)真柴憲一郎カスタムであるという設定が反映された刻印が刻まれているという「コルトパイソン357マグナム」や、愛車として登場する、クラシカルな赤のミニクーパーなど、本作ではそんな細部へのこだわりが作品の土台を形づくる。

獠と香の住むマンションの室内は、とくに面白い。原作、TVアニメでは、そのレンガ造りの外観が、ニューヨークのブルックリンスタイルで、ミニクーパー同様にレトロなイメージを醸し出していたが、本作ではその雰囲気をリビングに色濃く反映し、大きな窓にレンガそのままの内壁、廊下側の壁にはコンクリート打ちっぱなしを採用し、書斎の他に酒瓶が並ぶミニバーを設置するといった、まさに「男前インテリア」の夢を具現化したものに完成させている。

そしてさらに注目したいのが、その建物の場所である。あくまでも筆者の個人的な考察ではあるが、屋上で獠が黄昏れるところに香がやって来るシーンでは、住居の位置を周囲の建物から類推することができる。『エンジェルハート』実写版でも見られるように、獠の住居は歌舞伎町近辺だというイメージがあるが、本作ではそれよりもやや東寄りの東京医大通り近辺だと考えられるのだ。本作ではなぜ、このように獠たちの根城を新宿駅から少し離れた位置にしたのか。おそらくそれは、新宿のシンボルとなる代表的な高層ビルを同時に画角に収めようとしたからではないだろうか。

新宿の代名詞でもある超高層ビル群の建設は、1960年代後半からスタートしたという。現在のビル群を映し出す本作では、70年代に竣工した旧安田火災ビル、90年代に竣工した東京都庁舎、00年代に竣工したコクーンタワー、そして、最近オープンした歌舞伎町タワーまでが、きれいに一望できる風景が切り取られているのである。まさに令和の新宿だ。

原作漫画の連載が開始されたとき、ランドマークとなる東京都庁舎は着工されてもいなかったが、連載終了時には、ラストで夜の新宿を駆ける獠と香のイメージとともに、都庁舎が北条司によって感慨深げに描き込まれている。それは、いまも新宿駅で大規模な再開発がおこなわれているように、新宿が“いつでも変化し続ける街“であることが示されているのではないか。そんな時代の変遷のなかで、若いままの獠と香が活躍しているイラストからは、それでも変わらない魂が息づいていることを表現していると感じられるのだ。

それでは、そこに封じ込められている魂とは何なのか。それは「シティーハンター」こと冴羽獠があくまで、「自分の心が震えたときにだけ依頼を受ける」というポリシーのもと、社会的に弱い人間が厳しい立場に追い込まれ“後がなくなった”個人を助けるという仕事を請け負っているところに答えがあるのではないだろうかと考える。本作のように、ささやかな夢を持った一人の女性の命を救い、悪辣な大企業や国際的な犯罪組織に、仲間のサポートを得ながら立ち向かっていく姿は、富や権力が集中する都会に生きながら、自分の矜持を貫こうとする人々の理想と言えるのではないか。

大きな力に取り巻かれることで、自分のスタンスを手放すことを余儀なくされたり、生き方を見失いそうになることもある現代……『シティーハンター』がいまも必要とされるのは、そんな酷薄な社会の流れに抗うヒーローを、われわれが心のどこかで求めているからではないのか。本作では、変わり続ける街、変わり続ける日本で、象徴的な冴羽獠という変わらない主人公を、鈴木亮平がキャラクター性とのバランスを調整しながらリアリティをともなって演じている。その姿は、われわれ観客に、自分のなかにも彼のような気骨があることを再認識させてくれたのかもしれない。

(文=小野寺系(k.onodera))

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