『虎に翼』寅子も直面する「法曹界の男女差別」主人公のモデルの教え子『行列』住田弁護士が言われた「女は要らん」

『虎と翼』主人公の寅子(左、伊藤沙莉)とよね(土居志央梨) ※画像は朝ドラ『虎に翼』公式インスタグラム『@asadora_ak_nhk』より

伊藤沙莉(29)が主演を務める2024年度上半期のNHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』。主人公である猪爪寅子のモデルとなっているのは、日本初の女性弁護士にして裁判所長となった三淵嘉子さん(1914年-84年)だ。

ドラマの舞台は昭和初期。男社会が色濃く残る時代で、「女は黙って男の世話をするもの」という価値観が”当たり前“にはびこるなか、それに疑問を呈して奮闘する女性と、それを取り巻く男性たちの物語だ。ドラマライターが物語のあらすじを話す。

「伊藤さん演じる寅子は法律を学びたいと願うが、女性ゆえにそれがなかなか許されない。母親・はる(石田ゆり子・54)はとにかく結婚を急がせようとするも、寅子は結婚が幸せとは到底思えないわけです。男も女も“女が勉強するなんてとんでもない”という考え方が当時の世の常識で、はるが寅子の進学に反対したときのセリフは、”頭のいい女が確実に幸せになるためには、頭の悪い女のフリをするしかないの!”と強烈です」

ドラマは昭和初期の話だが、現代でも”男社会”に足を踏み入れた女性たちのなかには、そうした言葉を投げかけられた経験を持つ人もいるかもしれない。伊藤演じる寅子のモデル・三淵さんが埼玉県内にある浦和家庭裁判所所長だったとき、司法修習生として家裁修習を受けた教え子で、『行列のできる法律相談所』(現『行列のできる相談所』/日本テレビ系)など多数の人気テレビ番組に出演してきた住田裕子弁護士が、自身の経験を振り返る。

実家は商家だったため、両親が休みなく働く姿を見て育ったという住田弁護士。「母は女性ゆえに業者仲間の会合に出ても相手にされず、私には”女は損”、”いいおウチのお嫁さんになったほうが苦労しないよ”と言っていた」と、語る。まさに『虎に翼』で描かれている世界だ。

そうしたなか住田弁護士は、いいおウチへと嫁いで玉の輿に乗ったのはいいものの嫁姑問題や相続問題で争う親族の姿を目の当たりにし、

「結婚相手によって生き方が変わるのはイヤだ。自分の足で立ちたい」

と考えるように。国家公務員になるべく、東京大学への進学を志望。祖母からは「東大なんかにいったらお嫁のもらい手がなくなる」と言われたものの、両親は応援し、1年間の浪人生活を経て東大へと入学した。

■東京地検で「ここは戦場。女は要らん」

苦労してつかんだ東大合格。しかし、住田弁護士を東大で待ち受けていたのは、「国家公務員でも女性を採用する省庁はわずか」という現実だった。結局、司法試験合格を目指し、2年留年した後、無事に合格を果たしたが、そこでも”女”というだけで何度も不条理に直面する。

「司法研修所の採用面接のときに裁判官志望と告げると、即座に、”成績が悪いね”と言われて、諦めました。後で知ったことですが、そもそも裁判官の教官は女性を勧誘せず、相手にするのは優秀な男性のみ。ある裁判教官は”女性は研修所を卒業しても、家庭に入って能力を腐らせるのが女の幸せ”と酒席で放言したんですが、そのお咎めはなし。

かといって弁護士も、女性は歓迎されない時代。結局、司法修習をする中で、人権を護り、社会正義を貫ける仕事だと実感して検事を志しました」(住田弁護士)

住田弁護士によれば、「実は、その頃、検事は人気がなく定員不足だったので、なんとか、たまたま、採用された」というが、新任の東京地検であいさつ回りをしていると、「ここは戦場。女は要らん」と特捜部長から、強烈な言葉を放たれたという。

その後、同期の男性検事と結婚し、妊娠の報告に行くと上司からは「で、いつ辞めるの?」と、これまた想定外の返答が。結婚や妊娠は退職のきっかけとして当たり前だった時代ゆえか――「女性は、家事・育児に専念するもの」という価値観をよく表すひと言である。

ただし、「仕事をする女性」はもとより、「子育てをしながら働く女性」に理解がなかったのは、男性だけではない。

「保育園でも、保育士さんから”他のお母さんは早くに迎えに来られるのに、住田さんは遅くて可哀相”と言われました。幸い、夫の母はシングルマザーとして苦労したので、働く女性には理解がありましたが、うっかり“いいとこのおウチのお嫁さん”になったら、お姑さんから”女は仕事よりも夫・子どものお世話が大事”という圧があった時代。東大の同級生もそれを理由に、次々と仕事を辞めていきましたから」(前同)

■いくら制度を整えても、最後に立ちはだかる「大きな壁」

女は家庭を守るものという時代。そんな時代の流れに逆らうかのように働き続ける住田弁護士に、時代がようやく追いつき始める。1985年、男女雇用機会均等法が制定されたのだ。住田弁護士も大阪地方検察庁や、離婚や相続といった市民生活にも関わる民法などの改正に携わる法務省民事局で活躍。女性も活躍する時代になったのだが、「(それまでに)ロールモデルがあったことは励みになった」と明かす。

「2人のお子さんがいながら大阪地検の特捜部を経験された、尊敬できる女性の先輩検事がいたのは心強かったですね。もちろん、仕事と育児の両立には周囲の理解が絶対に必要ですし、ベビーシッターさんのような家事支援の手を遠慮なく使うという割り切りも大事でした。時間は有限だし、身体も一つです。自分はもちろんですが、家族の健康あってこそ、仕事は続けられたんです」(住田弁護士)

その後、住田弁護士は民事局などでの経験を現場に活かせるとして、弁護士へと転身。さらに内閣府、文部省、防衛省など多数の審議会委員のほか、銀行の取締役なども務めた。そのなかで、管理職などの役職に女性が少ないことを痛感したという。

「男女雇用機会均等法で就職差別はなくなったはずだけど、総合職で入社した女性も結局、相次いで退職し、定着しなかったんです。その後、残ったとしてもなかなか昇進しない。日本は、男性は仕事・女性は家事育児、そして男性が主・女性は従という“固定的性別役割分担意識”が諸外国と比較しても強固・強烈なんです」(前同)

「いくら制度を整備しても、最後の大きな壁になるのは”意識”。その改革が重要です」と言う住田氏に、『虎に翼』に出てくるセリフ「頭のいい女が確実に幸せになるためには、頭の悪い女のフリをするしかないの!」という言葉についてどう思うか聞いてみた。

「美貌を磨いて馬鹿なフリをしてうまく玉の輿に乗れても、夫は会話の通じ合う女性と浮気してしまうこと、けっこうあるんですよ。

他人任せ、夫次第の生き方は”幸せ”なのでしょうか。奥底に“むなしさ”をかかえ、そんな心の空虚さを埋めるべく、子どもの受験競争に情熱を投入するのもよくあるケース。代理戦争ばかりして、”自分”はどこにあるのでしょうか。

人生100年時代、学び直しはいつでもスタートできます。生きがいを子どもや夫に向けるのは一部にして、自分にも向けてほしい。ようやく社会も変わりつつあるのだから、あなたの”意識”も変革を」(同)

今年は三淵さんが亡くなって40年。来年は男女雇用機会均等法制定40年を迎えるが、朝ドラ『虎に翼』の視聴者からは《令和の今でも(女性蔑視は)リアルにあることだし今も解決してない》という声も少なくない。今一度、意識改革をして一歩前へ――寅子は、言外にそう呼びかけているのかもしれない。

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