【社説】岸田政権と憲法 平和主義の原点、見つめ直せ

 岸田文雄首相が、自身の自民党総裁任期である9月までの憲法改正を目指す姿勢を崩していない。

 派閥の政治資金パーティー裏金事件を受け、島根1区など先の衆院3補欠選挙で党支持層の離反が浮き彫りになった。総裁選での再選や次期衆院選をにらみ、時間的に非現実的でも改憲をアピールすることで求心力を確保する狙いがあるのではないか。

 だとしたら、憲法を政治利用していると指摘されても仕方あるまい。国民は見透かしているのだろうか。77回目の憲法記念日を前に共同通信社が実施した世論調査で、改憲の国会議論を「急ぐ必要がある」は33%にとどまった。皮肉にも首相が前のめりになるほど、改憲を遠ざけている。

 首相は根っからの改憲派ではない。党政調会長だった2017年の衆院代表質問では当時の安倍晋三首相に「改正のための改正であってはならない」とくぎを刺していた。安倍氏からの禅譲を期待しながら首相の座を目指すうち、改憲の旗を振り始めた。

 岸田政権は防衛力を強化するため22年末、安全保障関連3文書の改定を閣議決定した。ロシアがウクライナに侵攻し、中国は台湾統一への野心を隠さない。北朝鮮はミサイルの発射を繰り返し、性能を向上させている。日本を取り巻く安保環境が厳しさを増しているのは確かだろう。

 だが防衛力強化の中身とその進め方は、憲法の三大原則である国民主権、基本的人権の尊重、平和主義をないがしろにしていると言わざるを得ない。

 3文書には他国のミサイル発射拠点などを攻撃する敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有とともに、武器輸出に道を開く防衛装備移転三原則の運用指針見直しが掲げられた。中でも注目されたのは英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機の日本から第三国への輸出解禁である。与党協議を経て3月、閣議決定された。

 14年の集団的自衛権行使容認から、閣議決定による安保政策転換が続く。本来は関連法案を提出し、国会で憲法との整合性について議論を尽くすべきだ。政策決定手続きから国民の代表を排除する運用は民主主義の形骸化を招く。改めるよう強く求める。

 憲法は前文で「全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有する」と平和主義をうたう。同時に平和を人権の問題として捉える。その精神を踏まえて日本は、国際紛争を助長しないよう武器輸出を厳しく制限してきた。

 背景には銃後の市民が犠牲になった戦争の反省がある。特に米国による広島、長崎への原爆投下では、女性や子どもを含む非戦闘員に多数の死者が出た。だからこそ被爆地は核廃絶とともに、核兵器を使わせないために戦争を起こさせないよう訴えてきた。

 被爆地選出の首相はいま一度、平和主義の原点に立ち返るべきだ。「平和国家としての基本理念を堅持する」と繰り返したところで、武器が売られた先で起こるかもしれない犠牲を正当化するのであれば、平和国家とはいえまい。

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