トンボ鉛筆の名作ペンが果たした「知的なリブランディング」。 「コインの裏表」と表現される魅力

By 古川耕

【文房具愛好家・古川耕の手書きをめぐる冒険】

文房具をこよなく愛す、放送作家の古川耕氏による連載。「手書き」をテーマとし、デジタル時代の今だからこそ見直される “手書きツール” を、1点ずつピックアップしている。第33回となる今回は?

2024

第33話

トンボ鉛筆
ZOOM
7700円(左/C1)、4400円(中央/L1)、3520円(右/L2)

今春、「1本の、美学。」をコンセプトにリブランディングされた、1986年誕生の筆記具ブランド。日本の技術と感性が融合した自由で新しいスタイルの筆記具を3種類揃える。C1、L2は油性ボールペンとシャープペン、L1は水性ボールペンをラインナップする。

あのデザインペンの名作が知的にリニューアル。

今年2月、トンボ鉛筆の筆記具「ZOOM」シリーズのリブランディグモデルが発売されました。 オリジナルは1986年発売。国産デザイン筆記具の先駆け的存在であり、歴代ラインナップのなかでも、特にキャップ式・太軸の「505」や極細軸の「707」は、今でも現役の人気製品。現在売られているどのボールペンと比べても遜色ないほど、鮮烈でキャッチーなルックスを誇っています。

そして2023年。爛熟とも言える現在のボールペン界のなかで、満を持してのこのリブート。その出発にあたり、現状のボールペン界を「ユーザーのリテラシーが高まり、質の高いものを受け入れやすい土壌が整っている」と捉えるか、あるいは「いや、いまは安いボールペンでもそれなりにデザイン化されている。そのなかで差別化を打ち出すのは難しい」と捉えるかで、立てる問いと答えが変わってきます。実際このふたつはコインの裏表。さて、今回のZOOMはどちらに軸足を置くのでしょう?

発表された3つの製品のうち、メインは油性ボールペンの「C1」。ボディは表面にアルマイト加工を施したジュラルミン製。サラサラと手触りが良く、高級感は申し分なし。さらにデザインの最大の特徴は、ノック部と胴軸が切り離され、まるでノックパーツが浮いているかのように見えること。手に持って書いているとき、ふと目を落とすと隙間から机がチラ見えする「抜け感」(文字どおり!)は前代未聞。クリップは金属性で剛性が高く、それでいて重さもさほどないため重心バランスも悪くありません。大胆なギミックではあるものの、決して使いやすさは犠牲にしていないのです。

続いてゲルインクボールペンの「L1」。こちらはシルバーの本体にDURABIO TMという透明なプラスチック素材をレイヤードしており、太軸・キャップ式という外見はまさに「505」の正統後継者。それだけに安心感と安定感があり、今回のなかでは最も扱いやすく感じました。また、特筆すべきは、C1、L1ともに新しいリフィルが開発されており、これが従来のトンボ鉛筆のボールペンと比べて桁違いの書きやすさであること。実はこのリフィルの誕生こそ、今回のリブランディング最大の功績と言っていいぐらいです。

そして個人的に最も気に入ったのがシャープペン/0.5mmボールペンの「L2」。スリムな外見は「707」の遺伝子を感じさせつつ、よりソリッドなフォルム。ネオラバサンという塗料はまるでヌバック革のようなソフトな手触りで、トグルスイッチ風のノックパーツや細身のクリップと合わせ、使い手に繊細な扱いを要求します。この造りは、シャープペンのボディとしてとても理にかなっています。

こうして今回のZOOMリブートを見渡してみると、全体的に外見のインパクトは控えめ。初代707のようなエキセントリックさはありません。そのかわり、こだわりの新素材とディテールのアイデア、トータルのまとまりで勝負。また、ハイレベルなリフィルや優れた重心バランスといった実用性、そして油性/ゲル/シャープでそれぞれ適切なデザインを配する合理性など、すべての要素が噛み合った、極めて完成度の高いプロダクトとなっています。何より、 “奇をてらわずともこの良さは伝わるはずだ” 、というユーザーへの信頼感さえ透けて見えます。前述したように、ユーザーのリテラシーと製品レベルはコインの裏表のようなもの。新生ZOOMは、その幸せな相関関係のカーブの頂点にそっと腰を下ろした、知的なリブート製品と言えます。

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