「ICCがイスラエル首相らに逮捕状準備」報道、ガザ戦闘めぐり イスラエルで警戒感

イスラエル政府関係者は、国際刑事裁判所(ICC)がイスラエル政府の指導者や軍司令官に対し、パレスチナ自治区ガザでの戦闘に関連した容疑で逮捕状を発行する準備を進めていることについて、懸念を募らせている。

逮捕状の発行が検討されている対象には、ベンヤミン・ネタニヤフ首相も含まれている可能性があると、複数報道が示唆している。

オランダ・ハーグにあるICCはこの3年間、イスラエル占領地域における同国の行動を調べてきた。最近では、ガザでイスラエルとの戦闘が続くイスラム組織ハマスの行動についても捜査している。ICCには国際法上の最も重大な犯罪に問われる個人を訴追する権限がある。

ICCはこれまでにロシアのウラジーミル・プーチン大統領やリビアの元最高指導者ムアンマル・カダフィ大佐、ウガンダの反政府武装勢力「神の抵抗軍」(LRA)のジョゼフ・コニー指導者らに逮捕状を出している。

ネタニヤフ首相は4月30日、イスラエル要人が指名手配リストに加わるのは「歴史的な暴挙」だとし、ICCがイスラエルの自衛能力をまひさせようとしていると非難した。

公の場でのこうした発言は、逮捕状が発行されるというシナリオが水面下で活発に議論されていることを示唆している。

逮捕状は出るのか

ICCは逮捕状の発行を計画しているかどうか認めていない。しかし、ICCのカリム・カーン検察官は昨年12月にイスラエル占領下のパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区を訪れた際、明確なメッセージを発した。

カーン氏は当時、昨年10月7日にハマスの武装集団がガザ境界を突破して襲撃したイスラエル側の複数の村を視察した。

政治指導者たちとも面会したほか、ヨルダン川西岸地区ラマラを訪れてパレスチナ人犠牲者の家族に会い、ガザ地区とヨルダン川西岸地区での経験について話をした。カーン氏はイスラエルとパレスチナ双方の民間人が受けた暴力行為を非難し、調査を行うと約束した。

「すべての当事者は国際人道法を順守しなくてはならない」と、カーン氏は当時の声明で明確に述べた。「自分が順守しないなら、そのせいで私のオフィスの対応が必要となっても、不満を言わないでいただきたい」。

イスラエル側の集計によると、ハマスによる10月7日の奇襲で民間人を中心に約1200人が殺害され、253人が人質になった。カーン氏はこの奇襲は「人類の良心に衝撃を与えるきわめて深刻な国際犯罪」だったと呼び、「こうした犯罪に対処するためにICCは設立された」のだと述べた。

カーン検事はイスラエルについては、「武力紛争の遂行方法を明確に区切る交戦法規」に沿ってガザ地区で軍事作戦を実施する義務があると指摘。加えて、ガザの住民に人道援助が速やかに提供される重要性も強調していた。

ICCの設置法「ローマ規程」は、国際犯罪の責任を負う者に対して自国の刑事裁判権を行使することが、すべての国の義務だと定めている。「ローマ規程」を批准していないイスラエルは、ICCの管轄権は同国にはおよばないとしている。しかしICCは2015年、パレスチナ側が批准しているため、ICCの管轄権はヨルダン川西岸地区や東エルサレム、ガザ地区におよぶと判断した。

欧米型の民主主義体制の指導者にICCの逮捕状が発行された例はこれまでにない。

イスラエル国民はネタニヤフ氏に逮捕状が出ることによってもたらされる烙印や、他国から孤立する可能性を懸念している。

南アフリカ政府が昨年12月、イスラエルがパレスチナ自治区ガザ地区で「ジェノサイド(集団虐殺)行為」を繰り広げていると主張し、国際司法裁判所(ICJ)に対応を要請。イスラエル側はジェノサイドは行っていないと激しく否定しているが、ICJは今年1月にイスラエルに対し、ガザでのジェノサイドを防ぐためにあらゆる対策を講じるよう、暫定的に命じた。ただし、戦闘の停止は命じなかった。

これについて、2009年から2013年までイスラエルの駐米大使を務めたマイケル・オレン氏は、「ICJの審理においてイスラエルは比較的無傷で済んだが、そもそも裁判が開かれたこと自体、イスラエルの敗北を意味する」と、BBCに話した。

「裁判は開かれるべきではなかったし、我々の国際的地位と安全保障への打撃となることは間違いない。戦争犯罪の主導を非難されている指導者が率いる国は、そうでない国よりも脆弱(ぜいじゃく)なので」

イギリスの法廷弁護士で勅撰弁護士のサー・ジェフリー・ナイスは、ガザでの紛争におけるイスラエルとハマスの行動はどちらもICCの管轄範囲に含まれると指摘する。

「イスラエル国防軍(IDF)や政治指導者、軍事指導者だけでなく、ハマス側も捜査対象になる」と、ナイス弁護士はBBCに述べた。ナイス氏はかつて、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY)でセルビアのスロボダン・ミロセヴィッチ元大統領に対する検察の取り調べを指揮した。

「ハマスの戦闘員や指導者とされる人物が、その場で射殺されるのではなく、拘束され、国際法廷で裁かれることが望まれる」

ナイス弁護士はさらに、ICCがその決定再考を求める政治的圧力を受けるのではという指摘にも言及。

「世界中の各国政府、とりわけ大国で強力な力を持つ政府は、自国利益を守るために存在する。そのため、裁判や捜査が進めば(中略)自国の評判が大きく損なわれる可能性がある。評判の低下から自国を守るために裁判や捜査、公判手続きに干渉できると思えば、そうするだろう。各国政府は自国の利益のために行動しているので」

逮捕状の影響力は

ICCの検察官が逮捕状を請求してから判事がそれを認めるまでには、数週間から数カ月かかることもある。

このプロセスを公にすることで逮捕の可能性が薄れると判断されれば、詳細が秘匿される場合もある。

ネタニヤフ氏やそのほかの政治家、軍司令官に対するこうした動きには、実用的な意味合いもあるだろう。「ローマ規程」批准国には逮捕状が出された人物を引き渡す義務があり、対象者の渡航に影響を与え得る。ただ近年では、ICCの逮捕状を無視する国もある。

前出のオレン元大使は、最終的な影響力ははるかに広範囲におよび、イスラエル社会を変える可能性があると考えている。

「一般的に、イスラエル社会は愛に反応し、攻撃には反応しない。イスラエル人から譲歩を引き出したいのなら、頭を殴るのではなく抱きしめるべきだ」

「こうした措置はすべて、この国の政治を右寄りに動かす傾向がある。その逆には動かせない。そして、外交プロセスへの道を開くどころかむしろ狭めてしまう、ブーメラン効果をもたらすだろう」

(英語記事 Alarm in Israel at reports of possible ICC legal action over Gaza

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