『ガールズバンドクライ』音楽アニメの新しい形に? トゲナシトゲアリが声優をする新しさ

音楽アニメは、「音楽の出来」が作品の良し悪しを左右する比率が大きい。ストーリーラインや作画も重要ではあるが、肝心の音楽がイマイチであると致命的なノイズになりやすいということだ。楽曲としての良さはもちろんのこと、演奏するプレイヤーの「うまさ」がキャラクターの成長や個性にマッチしているか、メロディーラインを歌うキャストの歌唱のレベルなども重要な要素である。

このような理由から、『ONE PIECE FILM RED』のウタ役でのAdo、『パリピ孔明』月見英子役に歌い手・96猫の起用など、歌唱キャストとボイスキャストを分ける例が一般的になりつつある。こうした「分業制」は音楽アニメにおける一般的な形として浸透してきた。しかし、そうではない面白いアニメがある。それが『ガールズバンドクライ』だ。

2022年にヒットした『ぼっち・ざ・ろっく!』では、声優が歌唱キャストを担当していたが、演奏に関してはプロの力を借りていたことも記憶に新しい。一方、本作はオーディションで選ばれたバンド「トゲナシトゲアリ」のメンバーが声優に初挑戦するという斬新な発想で、音楽と演奏を重視している。

メンバーは理名(Vo.)、夕莉(Gt.)、美怜(Dr.)、凪都(Key.)、朱李(Ba.)の5人で構成されており、彼女たちは、2021年6月に開始された「Girl's Rock Audition」で、数千の応募者の中から選出された。プロデュースとマネジメントはagehaspringsが担当し、東映アニメーションの「ガールズバンドクライ」で主題歌とメイン声優を務めるとともに、ユニバーサルミュージックからのメジャーデビューも実現している。

実際にアニメ本編を観てみると、例えばバンドの顔とも言えるヴォーカルの井芹仁菜に関して、この「歌の圧倒的なうまさ」というものが作品の説得力に響いてくる。作中の仁菜は歌のプロとして生きてきたわけではない普通の高校生なのだが、今までの人生に対する“鬱憤”を歌に乗せて歌うのである。

そしてその歌が抜群にうまく、どこか聞く人の感情に直接訴えかけるような重みがある。仁菜の一癖ある拗らせた性格はアニメファンの中でも話題を呼んでいるが、彼女の内面にあるものに、その歌声を聴いて、納得がいった気がする。

ただし、そういう良さを出すためには、演者である理名の歌唱力、つまりは音楽面でのプロフェッショナルとしての技術が必要不可欠だったように思う。初手から“圧倒的にうまい”というのは、仁菜自身がそれだけ人生で言いたかったことを溜め込みながら生きてきたようにも見えた。これから回を追うごとに、バンドとしての演奏のまとまりにも磨きがかかっていくのだろう。普段の性格と堂々とした圧巻のパフォーマンスにはギャップがあるにもかかわらず、“声”は絶妙に地続きなところもリアリティがあって良い。

また『ガールズバンドクライ』の面白いところとして、作品のYouTubeチャンネルの動画も、まるで実在のアーティストのチャンネルのような仕様になっている点が挙げられる。一般的なアニメ作品のYouTubeチャンネルといえば、オリジナルのミニアニメや参加声優によるOP・EDの「歌ってみた・踊ってみた」のショート動画などが多い印象だが、本作では、まずオフィシャルミュージックビデオの数々がずらりと並ぶ。さらにアニメ内のキャラクターが一問一答に答えるなど、まさに実際のリアルな現実世界のアーティストによくあるYouTubeチャンネルの構成になっているのだ。

動画内には「トゲナシトゲアリ」のメンバーだからこそできる内容のコンテンツも多い。『ガールズバンドクライ』第4話では、楽器店を楽しそうに店内を回る仁菜が描かれていたが、島村楽器とコラボしているリアルな動画も。「アニメ『ガールズバンドクライ』楽器屋さんに行ってみた!」では、それぞれのメンバーが楽器店でワンコーラス試し弾きをするところが実際に観ることができる。その他の動画では、Gt.の夕莉本人がギター演奏で『爆ぜて咲く』や『極私的極彩色アンサー』を披露し、演奏のコツを伝授するなど、実際に楽器に触れてきた人だからこその面白いコンテンツが出来上がっている。

こうした従来の専業声優にはなかなか踏み出せなかった試みを可能にしているのが、バンド「トゲナシトゲアリ」の存在とも言えるだろう。現在、多くの声優がアニメの枠にとらわれない自由な表現活動が可能になっている中、新時代を切り開くのは“音楽特化型”の声優なのかもしれない。
(文=すなくじら)

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